No.076
Issued: 2018.04.20
千葉商科大学学長の原科幸彦さんに、日本初の「自然エネルギー100%大学」実現に向けた取り組みを聞く
実施日時:平成30年3月28日(水)
ゲスト:原科 幸彦(はらしな さちひこ)さん
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
- 千葉商科大学学長
- 東京工業大学名誉教授。
- 国際影響評価学会(IAIA)会長、日本計画行政学会会長などを歴任し、独立行政法人国際協力機構(JICA)の環境社会配慮ガイドラインの改善など、国際協力分野でのプロジェクト融資の健全化にも大きく貢献。
- 専門は社会工学で、参加と合意形成研究、環境アセスメント研究の第一人者
省エネと創エネでエネルギー消費を自然エネルギー100%に
大塚理事長(以下、大塚)― 本日は千葉商科大学学長の原科幸彦さんにお出ましいただきました。原科さんは長年にわたり東京工業大学(以下、東京工大)・同大学大学院教授として、社会工学、環境計画、環境アセスメントの教育研究に従事されました。2012年に千葉商科大学(以下、千葉商大)に移られ昨年2017年3月から学長を努めておられます。また、国際影響評価学会(IAIA)会長(2008-2009)や日本計画行政学会会長(2008〜2011)などを歴任されるとともに、環境省の環境影響評価制度総合研究会委員などとしてもご活躍されています。
本日は、日本初の「自然エネルギー100%大学」を目指す千葉商大の取り組みを中心にお話を伺いたいと思います。この取り組みは昨年度、環境省のCOOL CHOICE LEADERS AWARDのアクション部門優秀賞を受賞されました。まず、取り組みの概要からお話いただけますでしょうか。
原科さん― 遡るのですが、私が東京工大に在職していた2011年に東日本大震災が起こりました。その時に計画停電対応をした際、理工系大学でエネルギーを節約することの難しさを実感しました。ところが千葉商大は商科系、社会科学系の大学なので、エネルギー消費量が理工系ほど多くないのです。2013年に本学はFIT【1】でメガソーラーを導入することに決め、2014年から稼働いたしました。実績を調べると、2014年ですでに本学で使う電力の77%に相当する発電をしていました。そこで、頑張れば100%までいくのではないかと思い、2018年度までに省エネと創エネで電力消費の100%をまかなうという目標を作りました。2020年度までには消費エネルギーの100%を自然エネルギーにする目標を立てています。
大塚― 77%でもじゅうぶん、それまでのご努力が推察されますが、100%というのは高い目標ですね。
原科さん― 稼働開始の翌年は、77%から70%ぐらいに落ちました。これは厳しいなと思ったのですが、最低限の70%はいけると思ったので残り3割分を増やすにはどうしたらいいかを考え、省エネと創エネを組み合わせました。省エネは全学の電灯のLED切り替えです。創エネでは太陽光パネルを1610枚増設しました。
公開講座や大学全体のプロジェクトを通して理解をすすめる
大塚― お話いただいている省エネ、創エネの拡充を始められたのは何年頃ですか。
原科さん― 昨年2017年に学長に就任後すぐに決定して、一気にこの1年でやりました。もちろん、1年ですべてが動いたわけではなく、それまで地道に合意形成を積み重ねてきたことがベースになっています。メガソーラーの導入を決めた2013年、まだ(自然エネルギー)100%とは考えていなかったのですが、商科大学の責任として再生可能エネルギーで社会を運営する未来を目指すことにしました。それで、丸の内にあるサテライトキャンパスで持続可能エネルギー政策について考えるため、CUC公開講座【2】を始めました。専門家にも参加してもらって学内と学外の世論を形成し、政策情報学部の学部長となった2014年からは、学部のプロジェクトとして進めてきたのです。公開講座は鮎川ゆりか【3】先生に大きな力になっていただきました。こうした意識形成を経て自然エネルギー100%を目標に決め、2015年に経済産業省の補助金で省エネ調査を行いました。鮎川研究室が中心となり、省エネ分野で実績のあるサステナジー株式会社の山口勝洋さんにも入っていただきました。
大塚― 大学全体の取り組みにするには、周りの理解も必要だったのではないかと思います。
原科さん― 省エネ調査の結果を受けて、2016年に当時の島田晴雄学長とよく相談して方針を理解していただきました。大学の執行部とも話し合いを続けて徐々にわかってもらい、私が学長になる前に共通意識が形成されていたので、合意がとりやすかったと思います。就任したときに提案した4つの学長プロジェクトの4つ目に、「環境・エネルギー」を掲げました。
大塚― 4つのプロジェクトとは、どのようなものですか。
原科さん― 商科大ですから、まず会計学の新展開が1つ目です。2つ目はCSR研究。本学は商業道徳の涵養が建学理念なので、ビジネス倫理や企業行動の倫理の研究と普及啓発を行います。3つ目は地域貢献を目標にした安全・安心な都市・地域づくりです。これらはすべて、エネルギー問題に関わってきます。会計学ではエネルギー会計などが、CSRでは企業行動、環境配慮、社会配慮などが特に深く関わります。それから安心・安全な地域づくりですと、防災の観点から自然エネルギーのような地域分散型エネルギーが重要になります。すべて、4つ目の「環境・エネルギー」につながってくるのです。
大塚― 原科さんご自身のお考えに、島田晴雄前学長のお考えやこれまでの大学での蓄積がうまく合致したのですね。
原科さん― そうですね。全体で理解していただかなければなりませんからね。
商科大学ならではの商いの力でエネルギー会社を設立
大塚― そのなかでも、原科さんの発案に基づくユニークな点があれば教えていただけますか。
原科さん― 私がということではなく、みなさんのおかげです。ひとつ大きかったのは、東京工大から、千葉商大に来て「商いの力」に気づいたことです。東京工大はテクノロジーを非常にたくさん開発しています。自然エネルギーだけでなく、燃料電池や蓄電、燃料効率を上げるボイラーの研究、石炭火力の研究もやっています。それから、バイオマス、ソーラー、電力のスマートグリッドやマネジメントシステムなど、ありとあらゆるものです。それを社会に適用するために、今度は「商いの力」を活用しようと思い立ったのです。
大塚― まさに、ご専門の社会工学の発想ですね。
原科さん― 自然エネルギーの弱点は、供給が安定しないということです。天候やさまざまな自然要因で変動します。安定しないと電気は買ってもらえませんから、集めて売る商いをしようと考えたのです。商いは信用なので、まず本学が自然エネルギーでしっかりやっている大学だということを見せたのです。まず隗より始めようと、本学で使う分に相当する部分を発電し、それを基本に説得してまわりました。
大塚― 資金面でも商いの力が大きかったのではないでしょうか。
原科さん― そうですね。先ほどお話した省エネでは、LEDへの切り替えだけで4億円かかりました。創エネで発電設備を増やすのも加えると5億〜6億円です。大型の研究設備がある理工系に比べ、文科系は一度に大きな額を動かせないので、CUCエネルギーという会社を作りました。会社を作ってみて、千葉商大は信用が高いということがわかりました。特に地域の金融関連企業に卒業生が多く、千葉商大がつくった会社なら安心だと言ってくれました。学内に限らず、関わってくださっている皆さんに知恵を貸りてやっています。
丁寧な合意形成が学内の風通しも良くしてくれた
大塚― 大学でありながら会社まで作られるなど、いろいろな過程を経てここまでこられたのですね。100%に到達するにはもう少し時間がかかりそうですか。
原科さん― ところが、もう到達してしまいました、計算上は。今検証中です。
大塚― そうですか。目標達成までのご苦労をお聞きしようと思ったのですが。
原科さん― 数億のお金を動かす意思決定をするために、それなりの下ごしらえをしてきたので、苦労はありました。それから、先ほども話に出ましたが、周りの理解を得るまでの苦労もありました。最初、政策情報学部のプロジェクトだった時は、それほど多くの理解は得られませんでした。「原科先生は学部長だし、鮎川先生も自然エネルギーを研究テーマにずっとやっているから、まあいいかな」くらいの反応だったと思います。
それで、先ほど申し上げた4つの学長プロジェクトという全学プロジェクトにして、それぞれ教職員が進め、学生もボランティアで参加する形にしました。その仕掛けがこの1年間で動きだし、風通しが良くなりました。それまでは他の学部でやっていることがわからなかったのですが、お互いに理解し合って、いい雰囲気になってきました。いま、積極的にどんどんアイディアがでてきて、いい方向に向きだしています。
大塚― マネジメントそのものにも、プラスの効果がでていますか。
原科さん― そうですね。長い目でみれば、社会にも貢献して、日本の経済にとってもプラスになるのではと思っています。
サステナビリティをキーワードに地域内のエネルギー地産地消を目指す
大塚― 大学という社会的な存在を考えた場合、この取り組みはグッドプラクティスだと思うのですが、大学という存在と環境問題やエネルギー問題について、考えておられることを教えてください。
原科さん― キーワードは「サステナビリティ」だと思います。サステナビリティを実現するには、人々がアクションを起こすときの判断が大事で、そのためには判断材料になる知識や情報が必要です。大学は、サステナビリティに関する情報をしっかり生産して流通させることによって貢献できるのではないでしょうか。社会人教育や地域の教育も非常に重要な役割だと思います。
大塚― 社会人教育も含めて、若い人が今後どう育っていくかがサステナビリティにおいても大切ですね。原科さんが強調されているエネルギーの地産地消に関連して、現在どんな計画が進んでいるのでしょうか。
原科さん― 次の世代を育てていくことの重要性は、おっしゃる通りですね。地域との関わりでは、第一段階として昨年2017年12月に(キャンパスのある)国府台地区全体で、「国府台コンソーシアム」を作りました。千葉商大と和洋女子大学、それに東京医科歯科大学の教養部の三大学。さらに、国立国際医療研究センターや特別支援学校、3つの高校と、中学校と小学校が各1校で合計10機関がメンバーです。市川市も後援してくれています。そのほか、隣の江戸川区とも、昨年2月に「防災に関する基本協定」を結びました。まず国府台地区内で節電をして、創エネも進める。「うちで自然エネルギー100%対応したので、今度、お隣さんもやりましょう」と、声をかけています。
関心を超えて行動に移すには住民参加と情報公開がカギ
大塚― 最後に、原科さんからEICネットをご覧の方へメッセージをお願いいたします。
原科さん― 環境とエネルギーは今、非常に関心を持たれていますが、意外とアクションにつながっていません。日本では、概念はよく理解されていてもアクションが伴っていないので、そこをなんとか踏み越えたいと考えています。たとえば、仕事でEICネットのようなサイトは覗くけれど、自発的に情報を受け取らない人が多いのではないでしょうか。いま私たちがやっているように、地域分散型エネルギー社会に変えていこうとする中で、それぞれの地域で住民参加による事業展開がなされるような変化が訪れることを期待しています。
大塚― 原科さんが深く関わってこられた情報公開という点からも一言お願いします。
原科さん― 情報に接するという意味では、やはり規模の大小にかかわらず、国際基準のインパクトアセスメント【4】を進めることが大事だと考えています。みんなが心配すること、つまりパブリックコンサーンに対しては必ず情報を公開して、意見を求めるということをやって欲しいですね。事業主体が自発的にやってもらえたらよいのですが、なかなかそうもいかないので、基本ルールを各自治体に作っていただくことが必要だと考えています。パブリックコンサーンは、環境に対してだけではなくて、環境、経済、社会、まさにサステナビリティのスリーピラー【5】に対して情報提供して意見をもらうようにすると、みんな考え出すのではないでしょうか。その時にEICネットのやっておられる情報提供は、たいへん役に立つと思います。
大塚― 地域でも、国際的にも活躍してこられた原科さんから、これから目指すべきサステナブルの社会に向けた大事なポイントをお話しいただきました。本日はありがとうございました。
- 【1】FIT(Feed-in Tariff:再生可能エネルギーの固定価格買取制度)
- 再生可能エネルギーで発電した電気を、電力会社が一定価格で買い取ることを国が約束する制度。日本では2012年7月に全量買取がスタート。「太陽光」「風力」「水力」「地熱」「バイオマス」の5つのいずれかを使い、国が定める要件を満たす設備を設置して、新たに発電を始める個人、事業者が対象。
- 【2】CUC公開講座
- CUCは千葉商科大学(Chiba University of Commerce)の略称。千葉商科大学の社会貢献活動の一環として、一般財団法人統計研究会と共催で開講。
- 【3】鮎川ゆりか
- 千葉商科大学政策情報学部教授。1997年1月より2008年まで WWF(世界自然保護基金)にて 気候変動プログラムを担当し、気候変動グループ長を経て、気候変動特別顧問。CO2の排出削減を進めるための政策提言、国内排出量取引制度の提案、産業界と共に削減を目指すクライメート・セイバーズ、自然エネルギーの普及促進などに従事。
- 【4】インパクトアセスメント
- 策定中・実施中の開発計画が将来的に及ぼす影響を特定し、負の影響を緩和するプロセス。重要課題(気候変動、生物多様性損失、人口増加、都市化、希少資源をめぐる争い、不平等、新たな技術課題など)に対する政策・計画(プラン)・プログラム・事業を策定・実行するうえで有益なツール。
- 【5】サステナビリティのスリーピラー(three pillars of sustainable development)
- 持続可能な開発において、経済・環境・社会の3つの柱がどれも欠けることなくバランスを保っていることが必要であるという意味。
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