No.046
Issued: 2015.10.20
東京大学大学院農学生命科学研究科の下村彰男教授に聞く、日本のエコツーリズムと地域の文化・歴史を反映する風景の意義
実施日時:平成27年9月29日(火)10:00〜
ゲスト:下村 彰男(しもむら あきお)さん
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
- 東京大学大学院農学生命科学研究科教授。専門分野は、造園学、観光・レクリエーション計画。
- 昭和30年兵庫県生まれ。昭和53年3月東京大学農学部林学科卒業、昭和55年3月東京大学大学院農学系研究科林学専門課程修士課程修了、昭和57年3月博士課程中途退学。
- 昭和57年4月株式会社ラック計画研究所入社、昭和61年3月同社退社。
- 昭和61年4月東京大学農学部・助手(林学科 森林風致計画学講座)。
- 平成5年2月博士(農学)(東京大学)取得。
- 平成5年12月東京大学農学部・助教授、平成8年4月東京大学大学院農学生命科学研究科・助教授、平成13年1月より現職。
自然保護、観光、街づくりなどを包含したものがエコツーリズム
大塚理事長(以下、大塚)― エコチャレンジャーにお出ましいただきありがとうございます。下村さんは、地域社会や文化と関連づけた環境の景観分析・地域計画・空間設計など幅広い研究を展開され、環境省の「エコツーリズム推進に関する検討会」【1】では発足時より座長を務めておられます。本日は、秋の行楽シーズンに合わせ「日本のエコツーリズム」をいろいろな角度から掘り下げていただこうと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
早速ですが、下村さんのエコツーリズムとのかかわりとか、とくに関心をおもちになっている点の紹介から始めていただけますか。
下村さん― エコツーリズムへの関心は、ごく自然にもつようになったということでしょうか。私の研究室は「森林風致計画学」という名で、諸先輩は東京の日比谷公園や明治神宮などの設計・造園にもかかわりましたし、国立公園の制度つくりなども行ってきました。私自身も「風景計画」を研究の柱にしており、風景管理という視点からの自然保護、観光、街づくりなどを包含したものがエコツーリズムと考えているからです。
エコツーリズムの対象が森林でも、公園でも、街でも、利用することと保護することとは表裏一体の関係で、森林、公園、あるいは街という資源を持続的に管理することが重要と考えています。エコツーリズムの専門家の中には、ツーリズムの側面を重視される方や、生物多様性など自然環境の保全の側面を重視される方もおられますが、私は資源の管理にとくに関心をもっているといえます。
大塚― エコツーリズムの対象としての資源の管理について、もう少し砕いてご紹介ください。
下村さん― 資源を理解する上で、まず、資源と地域の関係につてお話ししたいと思います。たとえば、郷土料理もお祭りも、あるいは私が専門にしている風景も資源ですが、それぞれの地域と結びつかないと効果的な資源になりません。そこでしか食べられない料理とか、そこでしか味わえない風景が大事なのです。そういう意味で、地域の個性を象徴する資源とは何かが私の大きな関心事です。もう1つの大きな関心事は、そのような資源を維持していく仕組みで、私が管理と言ったことにあたります。資源の持続的な管理に必要な費用や担い手をどのように生み出すかが重要なのです。
カルチュラル・ランドスケープに代表されるように、人と自然とがかかわりながら生み出す二次的な自然環境の価値が認められるようになった
大塚― 幅広い視点から考えることが必要なのですね。
日本のエコツーリズムの話題に入る前に、伺っておきたいことがあります。国際的なエコツーリズムの概念には、日本の場合よりも、地域住民の権利とか幸福が強調されているように感じますがいかがですか。
下村さん― ご指摘のように、国際的には地域住民の福祉への貢献とか貧困の撲滅が取り上げられることが多いですね。エコツーリズムが俎上に乗り始めた1980年代には、途上国の自然環境が、先進国による収奪もあり、地域住民による収奪型の利用もあってどんどん失われていました。そのような状況で、自然環境を活かしながら人びとの生活を改善する方策として、エコツーリズムが注目されたのです。日本でも1990年代から注目されるようになり、行政的な動きとしては平成15年に、当時の小池百合子環境大臣がエコツーリズム推進会議を立ち上げたことで始まったのですが、資源の状況や経済的な状況からみても、1980年代の途上国とはまったく異なっていました。
大塚― 日本に限らず先進国内でのエコツーリズムは注目のされ方が異なっていたのですね。
下村さん― そう思います。ただ、環境に対する見方は時代とともに変わるじゃないですか。遡ると、19世紀後半にアメリカで最初に国立公園がつくられ、純然たる自然と人為とが対峙するような構図が出てきました。その後、20世紀後半になって、例えば1992年にカルチュラル・ランドスケープ(文化的景観)が世界遺産として認められるような転換が顕在化してきました。100年あるいは150年が経過し、カルチュラル・ランドスケープという、人と自然とがかかわりながら生み出す二次的な自然環境の価値、あるいは環境に及ぼす文化性とか人の営みに対する価値が認められるようになったのです。こうした大きな潮流は共通していると考えています。
しっかりした計画がつくられなければ、資源の維持管理の実現は難しい
大塚― お話しいただいたように、日本ではエコツーリズム推進の大きな動きが平成15年ころから始まり、7年前にエコツーリズム推進法が施行されました。ところが、現在までにこの法律の下で全体構想が認定された地域が、全国で6つというのは少なく感じます。
下村さん― この法律は施行後5年の時点で見直すことになっており、私がかかわっている環境省の「エコツーリズム推進に関する検討会」でもその問題が取り上げられました。現在は、エコツーリズム推進法に基づく全体構想つくりの支援がエコツーリズム地域活性化支援事業として予算化もされましたので、今後は全体構想の認定も加速していくと思います。ただ、これまでの6つという地域の数が少ないかどうかは別にして、この法律が目指している推進方策への理解がやや薄かったことも要因であると考えています。
大塚― 理解が薄かったのは自治体でしょうか、あるいは地域住民でしょうか。
下村さん― 自治体、地域住民、あるいは国のすべてに当てはまるのかもしれません。
具体的には、地域の資源を持続的に維持し活用する仕組みをいかに構築するかにかかわっています。話は少し変わりますが、私たちの研究室で、大分県の由布院温泉を訪れる旅行者を対象に、由布院を特徴づけている温泉や農的な風景などの資源が傷つき、あるいは失われつつあるため、それらの維持あるいは回復に経済的なことを含む協力への意識を調査しました。富士登山に際して1000円の協力金が話題になりましたが、そうした協力意識を問うのと同じような調査です。
私たちの調査によると、8割くらいの方は、農的な風景を美しく維持したり、電柱を埋めたりすることなどに賛成しており、そのために協力金を使うことにも賛成しています。ところが、最も理解されなかったのが、風景の維持・回復を進めるための計画立案に協力金を使うことでした。しっかりした計画がつくられなければ、資源の維持管理を自律的に進展させることは難しいにもかかわらずです。
地域の資源は多様であり、大事なことは資源をどう個性的に磨き売り出せるかにかかっている
大塚― お話を伺いほっといたしました。見方を変え、全体構想が認められている6地域について、どのような点で優れているかなど、具体的な点をご紹介ください。
下村さん― この質問にお答えするのは難しいですよ。というのも、それぞれの地域が特徴を持っているからです。最初に認められた埼玉県の飯能市は、都市近郊の里山型といえる地域です。その次に選ばれた沖縄県の渡嘉敷村と座間味村(慶良間諸島が行政的にこの2村に分かれる)は、きわめてはっきりした自然の資源性が特徴です。クジラが泳ぎ、サンゴ礁が発達した海があり、国立公園タイプです。三重県の鳥羽市も、国立公園そして海という点では共通していますが、里海型ですね。海女さんや海産物を活かした料理も重要な資源です。また、京都府の南丹市美山は一見したところ飯能に似ていますが、典型的な農山村型で、茅葺(かやぶき)の集落やブナの原生林が残る芦生(あしう)の森が特徴です。このように、資源性に非常に大きな幅があるのです。
大塚― 最初に指摘された、資源にみられる地域の個性ですね。
下村さん― もう1つ注目されるのは、エコツーリズムを主導している主体にも大きな違いがあることです。飯能では市役所などが中心になって主導していますが、鳥羽では、役所も頑張ってはいるものの、民間の組織が活発に活動し役所も巻き込みながら様々な活動を展開しています。
エコツーリズムにみられる多様性は、私もかかわっている、環境省と日本エコツーリズム協会によるエコツーリズム大賞【2】の受賞団体をみても分かります。この賞は組織や団体を対象に10年前にはじまっており、昨年までに10団体に大賞を授与いたしました(本年は募集中)。第1回から第3回までに受賞した、ピッキオ(長野県軽井沢で森を保護し野生動植物との共存を目指す)、ホールアース(富士山麓や沖縄県を主な対象に実体験・自然観の回復を目指す)、霧多布トラスト(北海道の霧多布湿原におけるトラスト活動)はすべて民間で、第4回は埼玉県の飯能市が選ばれました。
このように、地域の資源は多様であり、大事なことは資源の個性を地域でいかに共有し、磨き、売り出せるかにかかっていますし、バランスのとれたエコツーリズムの全体構想つくりという点では、行政のみならず民間との協働がより大きな力を発揮しているといえそうです。
エコツーリズムを発展させるためには、情報発信にも計画や工夫が必要
大塚― 多くの地域でエコツーリズムが推進されているわけですが、気になっていることがあります。昨年の内閣府の世論調査によると、エコツーリズムという言葉を聞いたことのない国民が半分以上、実際にエコツーリズムに参加したことのない国民が90%以上もいました。下村さんはどのように感じておられますか。
下村さん― 最初に、公的な見解を述べることにします。これらの数字は、エコツアーを企画し提供する側が、必ずしもエコツアーと呼んでいないことに関係していると考えています。地域の資源を活用するツーリズムでも、たとえば農林水産省が関係しているものはグリーンツーリズムと呼ばれますし、文部科学省の管轄下にあるエコミュージアムあるいはフィールドミュージアムと呼ばれる制度でもさまざまな企画がなされているのです。ですから、実際には地域を資源とするツーリズムは数字以上に浸透していると考えています。
とはいえ、エコツーリズムを発展させるためには、情報発信にも計画や工夫が必要であると思います。このことは、「エコツーリズム推進に関する検討会」でも議論されており、その方策の1つとして、国立公園などで戦略的にモデル展開し、ガイドつきのツアーが自然を理解し自然を楽しむのに最適なことを広く知っていただくことが有効だろうという提言を行っています。また、それぞれの地域に寺院とか料理とかさまざまな資源があるわけですが、それらを見るだけでなく、ガイドと一緒に歩いて回るとか、料理を自ら体験するとか、体験型のアクティビティを重視するのもいいのではないかと考えています。
もう1つは、先ほどから述べているように、資源の維持や回復のために資金が必要なので、そのことを訴えていくことも有効ではないかと思います。とくに、資源の維持・回復のための計画立案と着実な実施には費用がかかります。先ほど紹介した、由布院での調査結果などから考えて、協力金の額は慎重に検討すべきですが、協力金を集めることへの理解は進んでおり、利用者に地域資源の管理にかかわる機会として訴えれば、話題にもなり、むしろ有効なのではないでしょうか。
大塚― 現場経験に基づく大事なポイントを伺うことができましたが、今までエコツーリズムにかかわったことのない人びとへのきっかけつくりについては、どのようにお考えですか。
下村さん― 広い意味での教育になるのかもしれませんが、地域個性に関する情報の伝達や共有のための機会を増やすことが有効であると思います。日本の多くの方は、生まれ育った地域のことを十分にご存知ないのですよ。私が学生への講義などでも使う、森林風景の写真をご覧いただきたいと思います。すべて有名な林業地のスギ林ですが、その風景はまったく違いますよね。このような違いがあることに関しては、林業に従事する人でさえ知らないことが多いのですよ。この点で、ヨーロッパ人は自分たちの地域に大きな誇りをもち、郷土の歴史や文化についてよく知っています。日本人にも、是非そうなってほしいと思っています。
大塚― 下村さんが言われたカルチュラル・ランドスケープなのですね。
下村さん― そのとおりです。
二次的な自然の価値を、それが形成された歴史とともに伝えていくことが大事
大塚― ご指摘を伺っていると、日本を訪れる外国人との接し方についてもお聞きしたくなりました。日本は観光立国推進基本計画をつくり、2020年には東京オリンピックも開かれます。多くの外国人が日本のランドスケープに接することを考えると、エコツーリズムからやや離れるかもしれませんが、下村さんは日本人にどのようなことを期待されますか。
下村さん― エコツーリズムの視点からずれていませんよ。むしろ重なっていると思います。私が大事と考えているのは歴史についてもっと知った方がよいということです。風景は基本的には歴史の集積ですから。
外国人に東京の玄関口である東京港や東京湾を見てもらおうとすることを考えてみましょう。昭和40年頃までの東京湾は、今とはまったく違っていました。空中写真を見ると、海岸線の位置もまったく違いますし、それに何よりもノリを養殖する篊(ひび)【3】が一帯に広がっているのです。私自身もはじめて見たときは衝撃的でした。当時から現在に至るまで産業化が進展し、国際的な海運の出入り口として東京港が整備される中で、埋め立てが進み、元々は遠浅の里海だったところが浚渫され産業港に変容したわけです。私たちがこのような歴史を踏まえ、浅草海苔が江戸の名物だったことを知っていれば、外国人に対する東京港や東京湾の紹介も変化し、「おもてなし」の仕方も変わるのではないでしょうか。
大塚― 国際化への第一歩ですね。
下村さん― 日本の自然の大きな特徴は、二次的な自然が美しく多様なことです。生物多様性も大事ですが風景の多様性も大事で、私たちはとくに風景の多様性の価値を強調しています。生物多様性の英語であるバイオダイバーシティに対し、風景の多様性はランドスケープダイバーシティと呼んでいます。ランドスケープダイバーシティが大事なのは、環境省が行っている植生自然度【4】の調査からもよく分かります。植生自然度は1から10までの類型区分として表され、1から10の数値が直線的な価値尺度ではないものの、自然に対する人為の程度を表す目安と見ることができます。仮に自然性の高い植生を8以上とすると、面積的には日本の国土の4分の1くらいしか該当しないのですよ。そして、国土の7割くらいを占めるのは二次的な自然なのです。二次的な自然の価値を、それが形成された歴史とともに伝えていくことが大事だと考えています。
風景とは、地域あるいはコミュニティが自然とコミュニケーションする結果を反映する指標
大塚― ランドスケープの意義がよく分かりました。最後になりますが、EICネットの読者の皆さまに下村さんからのメッセージをお願いいたします。
下村さん― 今日お話ししてきたことの延長になるかもしれませんが、皆さまには、風景がもつ面白さに気づいていただき、味わっていただきたいと思います。旅行に行ったとき、風景の中にそれぞれの地域の歴史に裏打ちされた特徴があるのです。風景を解読することで、地域はすごく面白く魅力的になります。料理を例にとっても、最近は地域に特有の野菜の存在や、昔から味付けが違うとか、味付けに使う調味料に違いがあったりすることが話題になっています。お祭りも、昔から地域によって違いがあるところが面白いのですよ。風景は料理や祭りほど注目されてこなかったかもしれませんが、非常に大きな資源です。とくに、「大人の楽しみ」にふさわしい資源と考えています。
大塚― 下村さんが強調されている地域の個性、そして地域の歴史を反映した文化的な景観ということですね。
下村さん― 風景とは、地域あるいはコミュニティが自然とコミュニケーションする結果を反映する指標ともいえます。風景が荒れることは、地域と自然とのかかわりが荒れること、あるいはコミュニティと自然とのつながりが悪くなることを反映しているのですよ。付け加えると、風景はよく美醜という表現で評価されますが、必ずしも絶対的に美しいものがあるわけではなく、地域と自然とのコミュニケーションが良好に保たれていれば、風景は美しくなると考えています。
大塚― エコツーリズムを切り口にしながら、地域の文化や歴史の重要性、そして風景がもつ意義を分かりやすくお話しいただきました。本日は、どうもありがとうございました。
注釈
- 【1】エコツーリズム推進に関する検討会
- エコツーリズム推進法が、平成20年4月に「自然環境の保全」「観光振興」「地域振興」「環境教育」の推進を掲げて施行されてから6年が経過した昨年(平成26年)、環境省によって組織された協議会で、下村彰男・東京大学教授が座長を務める。
- 【2】エコツーリズム大賞
- 環境省と日本エコツーリズム協会による表彰制度で、日本各地でエコツーリズムに取組む事業者や団体を対象にしている。平成17年度に開始され、毎年度、大賞が1団体に、優秀賞などが複数の団体に与えられる。平成27年度には、「団体部門」に加え「個人部門」の新設が決定されている。
- 【3】篊(ひび)
- 養殖する海苔を付着させるため、浅い海中に立てる木や竹の枝。
- 【4】植生自然度
- 植生に対する人為の影響の度合により10の類型に区分したもので、1973年に環境庁(当時)が実施した第1回自然環境保全基礎調査・植生自然度調査ではじめて用いられた。自然度10は自然草原、自然度9は自然林、自然度8は自然林に近い二次林を指すなど、自然度が高い植生に大きな数字をあてる傾向がみられる。ただし、植生自然度は単一の価値尺度として捉えるのではなく、人と自然とのかかわり合いの中で形成されてきた類型区分として考えるべきとされている。
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