No.002
Issued: 2012.02.07
森口祐一東京大学教授 大震災からの復旧・復興を語る
実施日時:平成24年1月20日(金)13:45〜
ゲスト:森口祐一(もりぐちゆういち)さん
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
- 東京大学大学院工学系研究科教授
- 独立行政法人国立環境研究所を経て、2011年4月から現職。
- 専攻:都市工学、環境システム工学、とくに物質フローについて研究
3.11の直後は、本当に難しい3週間だった──
大塚理事長(以下、大塚)― 本日は、エコチャレンジャーのインタビューに応じていただきありがとうございます。森口さんは、昨年4月に国立環境研究所から東京大学に移られましたが、その直前に東日本大震災が起きたわけです。最初に、3.11以降どのようなことをなされたか、お話しいただけますでしょうか。
森口教授― 3週間ほど前職の国立環境研究所(茨城県つくば市)にいました。今思い出しても本当に難しい3週間だったと思います。
3つのことがありました。1つは、国立環境研究所自体が地震で被災しましたので、研究所あるいは自分のいた循環型社会・廃棄物研究センターの復旧が必要でした。2つ目は、災害廃棄物、特に津波被災地での災害廃棄物の問題に対応することでした。3つ目が原発事故への対応で、実はこの3つは複雑に絡み合っていたわけです。公的機関の一員としてやらなければいけないこととともに、研究者個人としてこの災害の中でどうするのかという戸惑いもありました。
大塚― 私も国立環境研究所にいたことがあるのでよくわかります。今日は、2番目と3番目を中心にお聞きしたいと思います。まず、放射能汚染に関することで、放射能汚染の実態把握について、科学者の立場からいかがでしょうか。
森口教授― ひとことで答えるのは難しいものの、科学のセオリー通り起きていることが多いと思います。ただ、対応が十分かというと、決してそうではない。
残念なことですが、今回起きている事象に関し、「想定外」という言葉がよく使われます。しかし、そうではなくて、科学的に説明がつくことが多いのです。それらに対して現状の把握が十分にできているかとなると、不足していることがたくさんあります。ですから、こうやればこれが解かるはずということはたくさんあって、それは予想を外れたのではなく予想通りのことが起きていたと思うのです。あえて厳しくいえば、予想通りのことが起きていたにもかかわらず、予見的な対応が十分に取れていないのです。放射能汚染の把握については、当初に比べてかなり進んでいると思うのですが、影響に関する科学的議論が難しいと感じています。
大塚― 影響というのは、捉え方によって非常に広い意味をもつと思いますが、森口さんにとって今一番のことはどのようなことでしょうか。
森口教授― 今日のテーマでは環境への影響全般になりますが、今申し上げたかったのは、健康への影響、特に低線量被曝や内部被曝の影響に関して科学者の議論が分かれていて、様々な混乱をもたらしていることです。その点がもっとも懸念されます。
大塚― 低線量の健康影響については、放射線医学領域の基礎データが足りないということでしょうか。
森口教授― 基礎データが足りないということもありましょうが、方法論の問題も大きいと思います。過去に起きたことに基づく疫学研究で「影響あり」と断定できないことは、「影響なし」とみなしていいかという議論が難しいのです。
環境科学が従来から対応してきた微量有害物質の健康リスク評価、あるいはリスク管理として捉えてきたことと、今回の放射能汚染に関する考え方は、基本的なところで共通することは多いとしても、必ずしも同一ではないと思います。そのため、科学者から、あるいは科学者の助言に基づく行政からの情報発信が、国民にうまく伝わっていないと感じています。科学的に正しいかどうかは大事としても、国民が科学者からの説明に期待していることとの間にギャップを感じざるを得ないところがあります。
人への影響を少なくすることが目的の「除染」は、一方で生活環境への影響も見据えていく必要がある
大塚― ご指摘があった環境影響について、除染も含め話を進めていただけますか。
森口教授― 除染という言葉が注目を集めています。放射性物質はなくなりませんから、除染でなく移染に過ぎないとよく批判されます。しかし、右から左に移すことにも大きな意味があることは理解していただく必要があります。人の住まいからなるべく遠ざけること、あるいは遮蔽することによって、放射性物質はなくならなくても、人への影響をなくすのが除染の目的です。
除染を進める特別措置法では、従来の環境関連の法令と同じように、人の健康と生活環境への影響を下げましょうとされています。実際の除染においては、生活環境よりも人の健康が重視されるのは当然です。ところが、人の健康影響という観点から除染をあまりに拙速に進めると、生活環境への汚染が軽視されすぎる懼れがあります。端的な例は、水を使って建物を洗い流すことです。人が住んでいるところから放射性物質を取り除きやすいのですが、それが水とともに下流域に流れていくと、人が普段近づかない環境が広く汚染されてしまうわけです。生態系を通じて生き物に放射性物質が蓄積する、あるいは食べ物として戻ってくることもあると思います。人々が直接被曝するところ以外の影響も見据えながら、除染を進めていかなければならない、これが環境科学の立場から特に大事なポイントだと思います。
大塚― この点とも関係すると思いますが、「都市濃縮」という言葉が最近使われているように、注目されてこなかったところがホットスポットになったりします。
森口教授― 「都市濃縮」という言葉は、私が関わったあるテレビ番組で使われたものです。都市化した地域で顕著なのですが、重要なのは水、特に雨水です。雨水が人工化した都市域内の水の流れに沿って放射性物質をある所に集めてしまうのです。実際にかなり高い線量の所が発生していますし、面積の広い屋根とか、広い舗装面から、比較的狭い範囲の土に水が集まる所では、汚染度が比較的低くても局所的に高い線量になる可能性があります。土とか泥、あるいは落ち葉に、高い線量が蓄積し濃縮される可能性が高いのです。
大塚― 多くの人々にとって、身近な所で高濃度汚染の存在が報道されています。身の周りの環境をみる際に気をつけるべき点を教えていただけますか。
森口教授― 正確な情報を手に入れることが一番大事です。必要以上に心配しすぎることなく、慎重に心配していただきたいのです。政府が出す情報やマスコミが出す情報が信用できないから、インターネットのいろいろな情報に頼られることがよくあります。もちろん、政府やマスコミで扱われていなかった正しい情報がインターネットに出ていることもあるのですが、一方で事実無根の情報も飛び交っているわけです。そういう情報に惑わされると、別のところに注意が向くことや、場合によってはストレスを抱え込みメンタルな面で影響が出かねないことを心配しています。
この問題は難しいのですが、われわれも信頼できる情報を伝えていかなければいけないと思いますし、信頼できる情報を見つけていただくことが大前提になると思います。
海の放射能汚染の重要性が、今まさに課題になっている
大塚― 陸域については環境省や自治体もいろいろな対策を始めています。海の汚染は相対的に難しいと思いますが、どのように考えるべきでしょうか。
森口教授― 私の専門ではないのですが、懸念しています。今、日本学術会議でいろいろな分野の専門家が集って、断片的な情報だけでなく、全体がどうなっているかを見極めようとしています。行政も縦割り的な対応になっている面がありますが、科学者や学会だってある種縦割りにしか動けていないのではないかという反省もあります。
ここ数週間の集中的な議論の中で、海の重要性がまさに課題になっており、地球化学分野の先生方からも話を伺い勉強しています。陸に降った放射性物質は川を通じて海に流れ込み、川の中洲や河口部の放射線量が上がったというエビデンスもあります。また、事故の後で大気中に出て北西風に乗って海に落ちたものも、原子力発電所から海に直接放流されたものもある。定量的な把握が難しいのですが、私の知る限り、陸に落ちた量より海に大量に落ちたという推定結果が多いようです。
海水に浸って塩分を含む災害廃棄物は処理がかなり厄介
大塚― 最初にお話があったように、放射能汚染と災害廃棄物は深く関係しています。
このあたりで、廃棄物のことに焦点を移させていただきます。東日本大震災で出た廃棄物は質量ともに未曾有のことだったと思いますが、どのように捉えておられますか。
森口教授― まさに量的にも質的にも大変な問題です。量については、よく報道されているように、日本全国の一般廃棄物の半年分が一瞬にして、岩手・宮城・福島3県から出たのです。加えて、津波が運んできた泥や砂もあります。質については、阪神淡路大震災などと異なり、津波のため海水に浸り、塩分が含まれるため、技術的に処理がかなり厄介です。加えて、津波被災地は一部を除いて放射能汚染度は必ずしも高くないのですが、放射性物質のフォールアウト(降下物)により処理を難しくしています。
大塚― 今話が出た阪神淡路大震災は、もう17年前のことですか、その教訓をどう活かすかは非常に大事です。あのとき分別が大きな話題になったと思いますが、その点からはいかがだったのでしょう。
森口教授― 分別に関しては、かなり強く意識され実践されたと思います。あれだけの大規模な津波で、あれだけの廃棄物が出て、あれだけの被害の中で、分別なんてとんでもないという反発を心配していたのですが、皆さんが冷静に対応されたと思います。分別の現場や仮置き場を見に行き、廃棄物を専門とする学会として提言もしてきました。それが国、さらには行政を通じて地方に伝わり、早くからしっかり取り組んでいただいたと思います。
宮城・岩手では10年分くらいの廃棄物が出たが、他県の応援はなかなかままならない
大塚― 先ほどの話に戻るかもしれませんが、森口さんのご専門の物質フローの視点から、災害廃棄物を今後どう処理していくか、見通しを話していただけますか。
森口教授― もちろん膨大な量ではありますが、先ほど半年分と言ったのは一般廃棄物としての量で、産業廃棄物は普段から年に4億トン出ているわけです。建築分野の瓦礫も、日本全国では数千万トンにのぼります。言うまでもないことですが、日本は埋立処分場が非常に少ない。施設の立地が周辺住民の反対で進まないこともあり、埋立処分量を減らすことを必死にやってきたわけです。震災前には、産業廃棄物や瓦礫のほとんどが、再生利用され、埋立処分量は、一般廃棄物と産業廃棄物合わせて年間に2千数百万トンまで下がっていましたので、今回出た災害廃棄物はその1年分くらいに当たります。ただし、先ほどお話ししたように、塩分もあり砂も混じっており、燃やすと灰がたくさん出ますので、十分な広さの埋立処分場が必要になります。津波瓦礫ではリサイクルできるものがあればそうしたいのですが、これまた放射能汚染の問題が関係してしまうのです。
大塚― 考えなければならないことがいろいろあるわけですが、どのくらいの間に最終処分場にたどり着けるとお考えでしょうか。
森口教授― 被災直後は、とにかく早く復旧してほしいと、地元の市長さんも知事さんもそう判断され、国に向かってもそう要望されました。国は、震災から3年──ですから、あと2年少し──という災害廃棄物の処理計画を立てました。
これには2段階あります。まず、市街地に散らばっている瓦礫を仮置き場に半年ぐらいで運ぶことで、ほぼ予定通りに進んできました。解体しなければならない建物も残っていますが、市街地を更地に近い形にすることも比較的進んでいます。
問題はそこから先です。焼却によってを減らしたり、砕くなどしてから、埋めることです。宮城県と岩手県では10年から20年分くらいの廃棄物が出ていますので、とても自分のところの施設だけでは足りません。他県に応援を求めているのですが、放射性汚染の問題と絡んでしまい、今もなかなかままならない状況です。
大塚― 住民の考え方も含めて、いろいろ難関はありますが、3年くらいがひとつの目途になるということでしょうか。
森口教授― 3年という目安が出た以上、それを目指ことは必要です。ただし、大事だと思うのは、この段階で改めて現地の状況を理解することです。
私が今勤務している都市工学という領域には、私のように廃棄物などを扱う衛生工学・環境工学の専門家とともに、都市計画すなわち都市つくりの専門家もおり、津波被災地の復興計画づくりに活躍しておられる方もおられます。そういう方々と一緒にプロジェクトをしていると、本当に瓦礫を早く片づけないと復興計画が進まないのかと考えさせられます。当初は瓦礫を片づけなければ復興ができないと考えたし、国も3年という約束をしました。ただ、この計画を実行するには、ちょっと立ち停まって、被災地の復旧・復興計画とも関係づけて考える必要があるように思います。
たとえば、津波被災地では地盤が沈下していますので、嵩上げする土木資材も必要になります。防潮堤もさらに高くするには、後で資材を外から大量に持ってきて工事をすることになりかねないわけです。ですから、安心して安全に使えるものであれば、取っておいて、いわば地産地消でまず使うことがあっていいと思います。ただし、もちろんケースバイケースです。放射能汚染されたものは早く取り除くのは当然ですし、仮置き場に長く置かれた木材が微生物により分解され自然発火した例も実際にあるように、十分に注意しなければなりません。
3.11を受けて現場で起きていることから思うこと
大塚― 森口さんの、最前線で現場を見ている科学者としての話は非常に大事で、立ち停まって状況を慎重に把握し具体的に考える重要性を感じました。最後に、広い視点から、今回の大震災の復旧・復興に関わり、科学者あるいは環境研究者として感じたポイントをお話しいただければと思います。
森口教授― 科学者という言い方が適切かどうかわかりませんが、3点ほど述べたいと思います。
第1は、環境問題は現場での観察が大事ということです。直ちに影響が出るタイプの環境問題はずいぶん改善してきたため、現在はコンピュータ・シミュレーションを駆使するような研究が環境研究の中心のような状況になっていますが、この10ヶ月あまりの活動で、「環境問題は現場で起きている」と改めて感じた次第です。
第2は、科学あるいは科学者に対する信頼が大きく失われ、どう回復していくかという重い課題です。地震の予知に十分な対応がとれていたのか、あるいは建築学や土木工学など都市工学に近い分野でも、津波の被害を防止できる構造物やインフラを造ってきたのかという反省もあります。そして、原発事故が、科学と技術に対する信頼を大きく揺るがし、それが我々環境分野の科学や技術に携わる専門家にまで及んでいると感じています。この重い課題に対し萎縮するのではなく、震災からの復旧・復興にしても、原発事故への対応にしても、科学技術で少しでもいい方向に向かうということを伝える責任があると思います。もちろん、頑張っておられる方もいるのですが、全体としてもっと積極的に関わっていかなければと考えています。
最後ですが、環境科学に放射性物質の研究が欠落していたことです。放射性物質も非放射性物質も環境中の挙動はほとんど変わらないのだから、環境科学者はもっと早くから関われるチャンスがあったはずという思いを非常に強く感じています。
大塚― 今回は大震災からの復旧・復興をテーマにお話していただきましたが、環境研究の本来あるべき姿とか、科学と社会との関係について改めてお伺いできればと思います。今日の話にも出ました日本学術会議の活動など、さらなるご活躍を期待しています。本日は、本当にありがとうございました。
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