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No. アメリカ横断ボランティア紀行(第22話) アラスカへ(その4)
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Issued: 2009.08.25
アラスカへ(その4)[4]
 目次
アラスカの国立公園と野生生物保護区
アラスカ出発
アラスカの国立公園と野生生物保護区
 アラスカの国立公園と国立野生生物保護区について調べてみると、そのスケールの大きさに驚かされる。アラスカにある国立公園と国立野生生物保護区の面積を合計すると、アラスカの陸地面積の実に3割を占める(表3参照)。地図に分布状況を表してみると、アラスカ全域に分布していることがわかる。これら以外にも、森林局、公有地管理局、アラスカ州などが管理する国公有地があり、アラスカのかなりの部分が保護区ないしは公有されているわけだ。
【表3】アラスカにおける国立公園と野生生物保護区(2008年現在)
合計面積 アラスカの陸地面積に対する割合(*)
国立公園 2,211万ヘクタール 12.9%
国立野生生物保護区 3,108万ヘクタール 18.1%
合計 5,319万ヘクタール 31.0%
(*)保護区には海域が含まれるため、数値には若干の誤差がある)
アラスカの国立公園・国立野生生物保護区位置図

 アラスカの国立公園ユニット【2】についてみてみると、アラスカ州内23ユニットの面積合計は約2,200万ヘクタール。アラスカの陸地面積の約13%を占め、全米の国立公園システム全体の約65%に相当する(表4・5参照)。
【2】 国立公園局が管理する、国立公園、国立記念物公園等の公園地


 国立野生生物保護区16箇所では、最大の保護区が北極国立野生生物保護区の約790万ヘクタール、実に日本の国土面積の5分の1強に相当する面積だ。合計面積は約3,100万ヘクタールで、これはアラスカの陸地面積の約18%を占め、全米の国立野生生物保護区の総面積のうち、実に約8割を占めることになる(表6参照)。
 ちなみに、全米の国立公園システム【3】と国立野生生物保護区の総面積は、それぞれ3,380万ヘクタール、3,900万ヘクタールであり、ほぼ日本の面積(3,800万ヘクタール)と同程度だ(表4参照)。
【3】 国立公園局が管理する公園地の総称。前出の国立公園ユニットにより構成される。

 ところが、米国は国土が大きいため面積比ではそれぞれ3.6%と4.1%に過ぎない(表7参照)。国立公園発祥地の米国には、もっと多くの自然公園がある印象もあるが、アラスカ以外についていえば、その割合は1%前後(それぞれ0.9%、1.2%)にまで減少する。
 日本の国立公園が国土面積の約5.5%を占めていることを考えると、制度の違いはあるものの、米国国立公園の国土に占める割合は意外に小さいことがわかる。
 一方で、米国の国土面積の約2割を占めるアラスカには、米国の保護地域が集中している。ANILCA法による保護区の指定がいかに意義深いものだったかを改めて実感することができる。
 米国の国立公園や野生生物保護区の位置づけや規模を考える際には、この“例外的”なアラスカとその他の地域の保護区とを区別して考える必要がありそうだ。

アラスカ出発
 アラスカを出発する日、私たちはフェアバンクスにあるパブリックインフォメーションセンターを訪れた。インフォメーションセンターには物販コーナーがあり、図書やおみやげものが並んでいる。
 そこで目に止まったのが、『Saga of the Bold Land』という1冊の本だった。書名は、日本語にすると『手付かずの土地の宿命』とでもいうものだろう。装丁は2色刷りの簡素なものだ。書架にずらっと並ぶ色とりどりの写真集の間にあると、この本だけが少し異質だ。カラーページがないどころか、図表もほとんどなく文字ばかり。しかしながら、今回のアラスカ滞在中、これだけアラスカの歴史を克明に記述した資料はなかった。
 ただ、全部で600ページもある分厚い本が読めるだろうか。ろくに読まずに積んでおくのが関の山かもしれない。
 「でも、その本しかないんでしょう? せっかくだから買っておいたら?」
 結局、この妻のひとことに背中を押される形で、購入した。
 幸い、レッドウッドまでの飛行機の中では十分時間があった。関係しそうな部分を読んでみると、予想通り、原住民以外の“侵入者”が繰り広げてきた開発と収奪、そして保全の歴史が克明に記されていた。

 振り返ってみると、この2週間程度の滞在の間にアラスカに対する認識が大きく変わった。「アメリカ最後のフロンティア アラスカ」は、確かに自然の宝庫であり、保護地域のスケールも桁違いに大きい。国立公園においても、そうした自然のすばらしさを紹介する展示は非常によくできている。ところが、そのような自然がどのようにして残されてきたか、そして、どのような危機に直面しているか、ということに関する解説はほとんど見当たらない。石油開発に関する権益、原住民の権利、保全運動の高まり、民主党政権、そしてその結果合意されたANILCA法などに関して、それを総合的にわかりやすく説明しているものはなかった。
 また、アラスカの住民の多くは、自然地域の保護より、石油開発やオオカミの個体数調整に興味を持っているようだ。その理由のひとつが、石油産業への依存度の高さだ。石油産業関連の経済活動の割合が36%であるのに対し、観光はたった2%に過ぎない。
【表8】アラスカの経済活動(博物館の展示から転載)
  1963
(大規模油田発見前)
1981
(ANILCA制定後)
1996
総額 56億ドル 233億ドル 259億ドル
連邦政府 25% 9% 7%
州・地方自治体 9% 8% 7%
石油・ガス 2% 47% 36%
漁業・林業 17% 5% 7%
観光業 1% 1% 2%
その他(金融業など) 48% 30% 38%
 一方でアラスカは、アメリカの持つ「フロンティアのイメージ」をほぼ一身に背負っているようだ。どの観光パンフレットを見ても、アラスカの美しい自然やすばらしい野生生物の存在が強調され、全米から釣り人やハンターがやってくる。アラスカにはまだ手付かずの自然が残されている、そんな一般のアメリカ人のある種の「期待」を一身に受けているようだ。
 アメリカの象徴ともいえる国立公園と国立野生生物についても、面積的な割合はアラスカが圧倒的に大きいことがわかった。さらに、こうしたアラスカの保護区は、現在温暖化という新しい問題に直面している。管理者は使命感を持ってデータを集めているが、予算や定員は厳しい上に、議会や地元政治家からの圧力も強い。また、意外にも地域の住民の関心はそれほど高くない。むしろスノーモービルや狩猟の権利を拡大しようという圧力が大きい。さらにいえば、水産物の水揚げは、おそらく持続可能な範囲を超えてしまっている。

 考えてみれば、アラスカの国立公園や野生生物保護区の設立は、アラスカではなく、首都ワシントンDCでの政治家やNGO、石油開発会社、原住民の利益を代表するグループの間で決められたことなのだ。そうしたことが、現代のアラスカであまり知られていないのは、むしろ当然のことかもしれない。

 日本でもそうだが、私たちは自分たちの暮らしから遠く離れた自然に思いを馳せ、憧れる。アラスカは、文句なしに究極の自然地のひとつと言えるだろう。時には、そうした自然地を訪れたり、自然を守るための活動に寄付をしたりするかもしれない。
 ところが、私たちの暮らしや行動は、確実にアラスカの自然を蝕んでいるのもまた動かしがたい事実なのだ。安く脂の乗った白身魚のフライやサケの切り身を消費したり、大量の二酸化炭素を放出する私たちの「豊かな」生活が、取り返しのつかない影響をアラスカに与えようとしている。
 プルードーベイの石油が枯渇する時、またはアラスカ湾の巨大ハリバットが釣れなくなる日は、意外と近いかもしれない。アラスカの自然保護をめぐる闘いは過去のものではなく、その将来は、まだまだ予断を許さない。また、その一端を私たち日本人が握っている可能性が、かなり高いように思われるのだ。
<妻の一言>

アラスカ縦断パイプライン
アラスカ縦断パイプライン

 アラスカの石油パイプラインは、フェアバンクスの近くで実物を見ることができます。大きな駐車場があって、大型バスが並ぶ観光地です。パイプラインは、近くで見るととても大きなものです。直径1m弱のパイプが、延々と続いています。アラスカの大自然の風景とかなりミスマッチで、初めて見たときはかなりの違和感を感じました。
 パイプラインの全長は800マイルあって、途中何箇所かのポンプ場が設置されています。このパイプラインがアラスカの北の端のプルードーベイから南のアラスカ湾にあるバルディーズまで縦断しているのです。1973年に建設が許可され、1977年に完成しています。総事業費は80億ドル(建設当時)。採掘された石油は最低30年間は生産が可能だそうです。ただ、もう30年間経ってしまっていますので、石油がなくなったときに、このパイプラインはどうなるのか少し心配になります。
 このパイプラインには、いろいろおもしろい仕掛けや工夫があります。まず、パイプラインは土の中に埋められるのではなく、地上に出ています。これは、パイプラインの中を流れる原油が高温なので、地中に埋めてしまうと永久凍土が融けてしまうためだそうです。どうしても地中に埋めなければならない部分は、冷却水で周りを冷やします。
 2本の支柱の上には、アンテナのようなものがついています。これは、放熱のための冷却フィンで、支柱から熱が土中に逃げるのを防いでいるものです。このパイプラインを支える支柱はかなり丈夫で、地上3m程度のところまでパイプを押し上げています。これは、カリブーなどの群れがパイプラインの下を自由に行き来できるように配慮されたものだそうです。また、パイプは横木の上に載っていますが、固定されてはいません。アラスカは地震が多いので、固定しない方がパイプが傷まないそうです。パイプにはいろいろ工夫があって驚きましたが、カリブーなどの野生生物にとっては、やはり大きなストレスになっているのではないでしょうか。

パイプラインは地上かなり高いところまで持ち上げられています。柱の上にある銀色のものが冷却フィンです
パイプラインは地上かなり高いところまで持ち上げられています。柱の上にある銀色のものが冷却フィンです
 また、「pig(豚)」と呼ばれる機械が、パイプラインの中を定期的に通っているそうです。見かけは巨大などんぐりのような形をしていますが、パイプの中を掃除しながら、破損も見つけてしまう優れものです。
 ところで、このパイプラインには、日本製の鋼管が使われているそうです。意外なところで日本の技術が役に立っていましたが、少し複雑な気持ちにさせられました。

pig(豚)と呼ばれる装置
pig(豚)と呼ばれる装置
パイプの中を清掃していく際、「ブーブー」と音を立てることから豚(pig)と呼ばれるようになったそうです
パイプの中を清掃していく際、「ブーブー」と音を立てることから豚(pig)と呼ばれるようになったそうです
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記事・写真:鈴木渉(→プロフィール

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