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No. アメリカ横断ボランティア紀行(第22話) アラスカへ(その4)
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Issued: 2009.08.25
アラスカへ(その4)[3]
 目次
保護区管理の課題
北極国立野生生物保護区事務所訪問
保護区における石油開発
保護区管理の課題
 「ここユーコン・フラットでは、野生生物保護とは逆行するような形態の利用要請がますます強くなってきています。これが将来的な課題になっていきそうです」
 森林の伐採、ATV(All terrain vehicle:レクリエーション用小型四輪駆動車)、トラクターの使用など、いずれも野生生物保護区の利用としては想定されていなかったことばかりだ。
 「今のところ、フェアバンクスから往復するためには、最低でも1人750ドル程度が必要です。このコストが利用頻度を低く抑えてくれているのです」
 ただ、今後、道路が建設されたり航空機などの技術が向上することにより、利用形態も大きく変化する可能性がある。

 「明日インタビューに行かれるという北極国立野生生物保護区は、この保護区よりもずっと利用圧が高いうえ、保護区内での石油開発問題も抱えています。その意味で大変興味深い話が聞けるのではないでしょうか。アラスカ州の人々の生活は、今も石油産業に大きく依存しているのです」

北極国立野生生物保護区事務所訪問
 翌日は、北極国立野生生物保護区の事務所を訪問した。事務所は、昨日訪問したユーコン・フラット保護区と同じ建物に入っていた。対応していただいたのは、所長のリックさん、副所長のゲイリーさん、そして取締官のジェニファーさんの3人だった。
 リック所長は魚類の専門家で、これまで、アラスカ州を含む5つの州で13の国立野生生物保護区に勤務してきた。絶滅危惧種法に関する業務や、国際協力業務に従事した経験もあるそうだ。
 「職員数は、常勤職員が18〜20名、臨時雇用職員が6名程度です。常勤職員のうち2名は、保護区内の住民をメンテナンス(維持管理)する担当職員として雇用しています。予算額は220万ドル程度です」

◇北極国立野生生物保護区(Arctic National Wildlife Refuge)

 面積1億9,600万エーカー(約800万ヘクタール)。1960年に設立された米国で最大の国立野生生物保護区。1980年のANILCA法が制定される以前に指定された保護区で、初期委任事項(initial mandate)に、「(保護区の有する)価値を保存すること(preserve value)」という事項が含まれるため、より厳格な保護が求められる。その一方で、保護区内での石油開発をめぐっては、現在も連邦議会などにおいて活発な議論が続いている。
 なお、隣接するカナダ側のOld Crow Flats National Parkとの間では、協力して原住民の知識に関する科学と情報収集を行っている。Arctic Village(アラスカ側)とOld Crow(カナダ側)のそれぞれの集落では、毎年20名の決められた原住民から、近年の気候、木の実の収穫量など様々な事項について、統一的な質問事項について聞き取りを行い、その伝統的な生態学的知見をレポートにしている(Community Reports; Arctic Borderlands Ecological Knowledge Cooperation Report Series)。


 この事務所の業務(表1)は、許認可から、ホッキョクグマ・カリブー・ガンカモ類のモニタリング、その他調査業務(表2)まで、多岐に渡っていて、業務量も多い。事務所態勢が比較的充実しているとはいえ、保護区の規模も考えるとあまりにも人も予算も不足しているように思える。
【表1】北極国立野生生物保護区事務所における主な業務
A.生物学的インベントリー作成およびモニタリング
B.ウィルダネス関係許認可業務(調査のためのヘリコプター飛行など、石油会社への許可証発行)
C.一般のビジター利用管理(Public use management)
  • 商業的レクリエーションガイド管理(グループ人数制限、許可、その他規制)
  • 商業的レクリエーション目的の狩猟ガイド管理(グループ人数制限、許可、その他規制)
  • 地質学調査規制
  • 商業的写真撮影
D.原住民の狩猟小屋規制(基本的には設置可能)
E.取締り(Law enforcement:狩猟規制、野生生物保護、その他各種規制)
F.原住民による狩猟/漁撈管理(具体的にはモニタリングにより、野生生物の個体数に変化があった場合に勧告を行う)
G.管理火災(基本的に消火活動は行わないが、設置を許可した原住民の小屋や管理施設に被害が及ぶ恐れがある場合は消火活動を行う。それ以外の場合は、火災発生の状況把握のためのモニタリングのみを実施。)
H.環境教育、自然解説及び情報提供
I.IT、GIS管理
J.航空機使用管理
K.人事
L.コミュニティーとのパートナーシップ構築と維持
M.原住民とのパートナーシップ構築と維持
N.予算管理
O.安全確保のための職員管理、研修、サバイバル技術講習
P.国際委員会、国際協定の支援(国際ポーキュパインカリブー評議会等)

【表2】主なモニタリング、調査事業
モニタリング・調査名: モニタリング・調査の内容
  • ポーキュパインカリブー調査: 100頭のポーキュパインカリブーにGPS機能のついた首輪を取り付け、衛星により追跡する調査。調査主体はカナダ側であるが、アークティックNWR側も同種の首輪を購入し取り付け作業を行う。データはカナダ側がとりまとめ、グラフィックプログラム化して米側に提供する。
  • ジャコウウシ調査
  • ハイイログマ調査
  • ドールシープ(Dall Sheep)調査
  • 越冬ムース調査
  • 営巣水鳥調査: 現在石油採掘の行われているプルードーベイでは、キツネ、クマ、ワタリガラスなどが餌付けされ、それがシギチドリ類への捕食圧を不必要に高めていると考えられている。共同研究により、NWR内とプルードーベイでの水鳥の比較調査を実施し、ゴミによる餌付けの影響を明らかにする。
  • 猛禽類調査: ノーススロープ地区とポーキュパイン川の2ヶ所で調査し、結果を比較する
  • バリアー島でのケワタガモ(common eider)調査: 調査はボートと徒歩により実施
  • 長期生態系モニタリング調査(Long-term ecological monitoring) : 保護区内の5つの異なるエコリージョンを1年ごと(各エコリージョンは5年に1度)モニタリング調査し、長期間での生態系の変化を調査する。
  • ノーススロープ地区人工地震調査(seismic survey)影響調査
  • 北極コクチマス(arctic cisco)調査
  • チャー類インベントリー調査: チャー(char)は、イワナ、カワマスの類の淡水魚類
  • ブルックス山脈南部肉食動物及び小型哺乳類調査
  • ホッキョクグマ採餌生態及び行動調査: 特に、クジラの死骸摂食について調査を行う
  • Kongakut川ビジター利用実態調査: ボランティアが一週間にわたり、川をボートで下ってくる利用者数を計数する
  • アークティック村村落調査
 野生生物保護区の事務所がこうした都市にあるのには、いくつかメリットもあるという。
 「大都市なので民間会社の雇用も多く、配偶者が仕事を持てること、子どもの教育の機会が充実していることなどが魅力です」
 さらに、他の野生生物保護区と同じ建物に同居していることも大きな利点だという。
 「この建物には、隣接する他の2つの保護区事務所が同居しています。職員同士が結婚した場合などは、通常同じ事務所に勤務し続けることはできません。ここなら、異なる保護区に勤務していても、同じ建物に通勤できるわけです」

 また、3つの保護区事務所は、火災管理、原住民活動管理、ITを含む管理部門を共有しており、事務所管理体制の大幅な効率化を実現している。航空機などの機器や施設を融通しあうことで、大幅なコスト削減も可能となっているそうだ。
 「この事務所には、4人乗り及び6人乗りの航空機がそれぞれ1機あります。現地には、作業小屋、簡易事務所が3ヶ所、給油施設が3ヶ所、それにトラックが2台あります」
 もちろん、事務所には様々なタイプのボートやカヌー、調査用具がそろっている。

保護区における石油開発
パイプライン

 この野生生物保護区内のもっとも大きな問題は、石油開発問題だ。ノーススロープ地区(ブルックス山脈の北麓で、保護区最北端の北極海に面した地区)の1002区域及び1003区域では、以前から石油の存在が確認されており、石油開発のための調査が行われてきた。
 現在1003区域は開発区域から除外され、懸案は1002区域のみとなっている。
 「ANILCA法により北極野生生物保護区が拡張された際、多くの部分は『原動機、機械などを用いない原始的な(primitive)環境を維持する』こととされたのですが、1002区域は、この規定から除外されてしまいました」

 ANILCA法に基づき保護区が指定された際、魚類、野生生物及びその生息地のベースライン調査が行われ、1987年に取りまとめられ、発表されている。あわせて、1002区域での石油開発の是非を見極めるための環境影響評価書(Arctic National Wildlife Refuge, Alaska Coastal Plain Resource Survey)も1987年に取りまとめられた。
 「残念なことに、その後エクソン・バルティーズ号の原油流出事故(1989年)が発生し、環境影響評価書の審議自体が遅れてしまったのです。1002区域で石油開発を認めるか禁止するか、その結論はまだ得られていません」
 仮に1002区域で石油開発が行われれば、ジャコウウシ、カリブーなどの野生生物に大きな影響が出ることは必至だ。その理由のひとつが水資源だ。
 「1002区域は、既に石油開発が行われているプルードーベイに比べて、湖沼などの淡水面が極端に少ないんです」
 石油開発には道路建設がつきものだ。アラスカでは永久凍土に影響を与えないようにと、冬期間に水をまいて凍結させ、氷で「土台」をつくるため、大量の水が必要となる。プルードーベイには、1平方エーカーあたり6,800万ガロン(約2億5,700万リッター)もの淡水があるのに比べ、1002区域では700万ガロン(約2,650万リッター)に過ぎない。水が不足すれば砂利道が敷設される恐れもある。地形的にも起伏が激しく、凍結による道路建設が難しいからだ。

 「カリブーの個体数も減少してしまうでしょう。カリブーはパイプラインを嫌うのです。パイプラインが個体群を分割することで、行動域を極端に狭めてしまうことが懸念されます」
 「実際に、石油開発のための調査によって影響が出た例があります」
 石油掘削には、人工的な振動を発生させて、地中マイクで地中の石油だまりを調べる人工地震調査(Sieismic survey)が行われる。この調査を行うため、一定の幅でトランセクトを設置して調査車両を走らせることになる。
 「過去の石油探査の影響について、1984年、1994年、1999年にそれぞれ航空機による目視調査と写真撮影によるモニタリングを行いましたが、一番新しい調査でも、ツンドラ上に線状の轍がはっきりと認められました」
 植生の大部分は元の状態に戻りつつあるが、長期間にわたり悪影響が残されているのも事実である。このような調査の轍でさえ原状回復が困難なのだ。まして、石油開発が行われれば、この地域の生態系はめちゃくちゃになってしまうだろう。

 石油開発がウィルダネスや保護区の価値を損なうことは明白だ。
 「気候変動の影響に対してもそうですが、私たちは、こうした影響を裏付ける科学的データを蓄積していくしかないのです」
 ただ、ブッシュ政権(当時)の意向もあり、気候変動の影響に関する情報はウェブサイトには掲載されていなかった。一方で、事務所で提供される膨大な資料に驚かされる。政治的な思惑にかかわらず、現場では、科学的な観点からの客観的な調査とデータの集積が進んでいる。
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