一般財団法人 環境イノベーション情報機構

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環境さんぽ道

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様々な分野でご活躍されている方々の環境にまつわるエッセイをご紹介するコーナーです。

No.007

Issued: 2012.07.09

ワインが持つ大地の味わい

加茂 文彦さん

加茂 文彦さん
マンダリン オリエンタル 東京 シェフソムリエ
日本ソムリエ協会 理事
1993〜1998年 パリの三ツ星レストラン「リュカ・キャルトン」ソムリエ
マルク ペノ氏

マルク ペノ氏

ミュスカデの畑にある小石

ミュスカデの畑にある小石

ミュスカデの畑

ミュスカデの畑

ムッシュ・ペノとぶどうの収穫をした仲間達

ムッシュ・ペノとぶどうの収穫をした仲間達

 私は、12年間フランスに滞在してソムリエの仕事をしてきました。その間にたくさんのワイナリーに足を運び、造り手に会って、どんな工程で、何を考えてワインを造っているのかを観察しました。そこで出会った造り手の熱い思いに触れて、ワインの本当の素晴らしさに目覚めて行きました。今回は、その中の1人の造り手を紹介します。
 なぜ彼はそこまでGoût de Terroir(大地の味)にこだわるのか?ムッシュ・ぺノのワイン造りを見た人は、少なからずそう思うでしょう。フランスのロワール地方の中で最も西に位置するミュスカデという、決してメジャーではない土地に彼の13へクタールのぶどう畑があります。一見何の変哲もないぶどう畑と醸造所。醸造所は2年前の台風で半分屋根が飛んだままです。ひょっとすると彼は屋根が飛んだことすら気が付いていないのかもしれない。それほど、彼の頭の中は畑のことでいっぱいです。

 畑に着くと、彼は直径10cmほどの石ころを拾い上げてこう言いました。
 「これがあるから、ここは熱い土地なのです。」
 ムッシュ・ぺノの畑には、いろいろな色の種類の違う小石が一面に広がっています。その下は岩。岩は太陽熱を吸収して土壌を暖めますが、肥沃な土地とは言い難い。むしろ正反対です。それが良いのだ、とムッシュは言います。
 「化学肥料は一切使わない。見てごらん。下に枯れた葉や枝が落ちている。これが土に還って、自然の肥料となる。肥料と言ったらそれだけです。このやせた厳しい土壌が大切なのです。」

 岩と養分の少ない土のため、ぶどうの木は細く、はた目から見たら発育は良くありません。厳しい土壌に負けて枯れてしまう木もあります。そんな中で岩を突き破るものは、どっしりと根を張り、大地の奥深くの養分を吸い上げていく。そしてできたぶどうはほんのわずかしか取れませんが、その一粒一粒はギュッと濃縮しています。ほんのわずかなこの宝の粒を実りへと導くために、13へクタールのほとんどを、彼1人で剪定しています。
 なぜなら、ぶどうの木一本一本、全て剪定の仕方が違うからです。どんな場所に生え、健康状態はどうなのか? 彼は一本一本の木を見て、その木に合ったように切っていく。どのように枝を切ったら、その木に最高のぶどうが実るのか知りつくしているのです。まさにぶどうの木は我が子であり、彼はぶどうの木と語り合っているのです。

 秋になって、やっとぶどうが実ります。50年の歳月を経てきたムッシュ・ぺノのぶどうの木は、機械摘みには適しません。一房一房手に取り、人間の目で確かめて摘んでいく。そうやって収穫した大切なぶどうに、人工酵母は一切加えません。その土地につく自然の酵母に任せることが重要と考えているからです。二酸化硫黄(酸化防止剤)も極力使用しません。それはすなわち、リスクを伴うということです。多大な労働とそれ以上に大きいリスクを負ってまで彼が守ろうとしているもの。それがGoût de Terroir(大地の味)であり、彼のワインの味そのものなのです。その味わいは、ぶどうが持つ本来の旨みをそのまま引き出した、大変ピュアな味わいです。畑がピュアで造り方がピュアなのであるから、ピュアなワインができて当然なのでしょうが、それ以上の奥深さを感じずにはいられません。それは、造り手の熱い思いと純粋さにほかなりません。

 最後に、ムッシュ・ぺノのワインの後ろに書かれた小さなチケットの言葉を紹介します。

私はぶどう畑を尊ぶ それは私の生きがい ワイン造りは私の喜び
肥料を使わない、本当の価値のあるワイン 手摘みのぶどう
マルク・ペノ

 ソムリエは、ワインの最後を見届ける役目があります。造り手の思いを感じながら、「どうぞ美味しく飲んでいただけますように」と祈りを込めて、今日も私は、お客様にワインを注いでいます。


EICネット編集部からのお知らせ

 ※本コラムの執筆者であった前国際ソムリエ協会会長の小飼一至氏は、3月27日に心不全のためお亡くなりになられました。
 心からご冥福をお祈り申し上げます。
 このため、日本ソムリエ協会理事の加茂文彦さんに引き継ぎ、ご執筆をいただきました。

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記事・写真:加茂文彦

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