No.024
Issued: 2013.12.13
神様、仏様、ミツバチ様
- 中村 梧郎(なかむら ごろう)さん
- 人物や環境問題、戦場も捉えてきたフォトジャーナリスト。日本写真家協会会員。テレビ朝日の報道番組ザ・スクープや徹子の部屋にも出演。最近はニューヨークやカリフォルニアでの写真展開催で国際的に活躍。著書に「新版・母は枯葉剤を浴びた」(岩波現代文庫)、「環境百禍」(コープ出版)、「戦場の枯葉剤」(岩波書店)など。
ジャングルの中は暗い。樹々の枝葉が重なり合って陽光をさえぎる。
ベトナム戦争中、ニンビン省の深いジャングルを兵士や記者たちと縦断したことがあった。雨季のさなか、全員が長靴を履きビニールの合羽をかぶる。暑くなる前に動こうと早朝5時に出発したものの、昼を過ぎても出口にたどり着かない。方角を間違えたのか、8時間以上も歩いたあげく空腹と渇きでヘトヘトになった。
密林の内部は必ずしも草だらけというわけではない。赤土が露出しているスポットもある。そうした場所にはなぜか地表いっぱいに半透明の吸血ヒルがうじゃうじゃとうごめいていた。行軍のルールは一列縦隊となること。皆が木の枝を持ち、歩きながらズボンに付くヒルを払い落とす。後ろは見えないから、次の人が前者の背後に這い上がるのを見つけては叩き落す。しんがりはベテラン、自分ひとりで前と後を警戒する。
私も万全の態勢をとっていたのに見落としがでた。ゴム長を這い登った奴が靴の内側に入り、下から足をよじ登って内股の柔らかい皮膚に吸い付いたのだ。痛くも痒くもなく冷たくもない。歩いているのに突然自分のズボンがバッと赤く染まり、出血したことでようやく気付いたわけだ。ヒルは節度とか遠慮というものを知らないから、吸えるだけの血を吸ってピンポン玉のように膨れあがる。そのあげくズボンに押しつぶされて破裂するのである。そんな状況下では坐ることも休むこともできなかった。
何人かが熱中症になり、意識も朦朧としはじめたころ、先頭にいた青年が叫んだ。民家を見つけたのだ。皆で倒れ込むようにして中に入ると、お婆さんがひとり、驚いて目を丸くしている。しばらく我々の様子を見、説明を聞くと物陰から何かをとり出してきた。乾いた煎餅のようなものを割ると、さあ、ひとかけらずつ食べなさいと言う。口に入れてみて驚いた。めちゃくちゃに甘い。噛めばかむほど甘さがにじみ出る。それは蜂の巣なのだった。甘みがなくなるほど噛んでも、樹脂やパラフィンでできている巣の本体はガムのように残る。おかげさまで、もう少しで仏様になりかけていた我々は劇的によみがえった。後で考えて見ると、あの甘みは蜂蜜だが、ハチたちが巣に塗るプロポリスも一緒に摂り込んだのではあるまいか。生の茶の枝葉を鍋に入れて煮た“ナマ茶”も体にしみわたった。ともかく救いの神を拝むようにして礼を言い、再出発した。それからは方角を違えることなくジャングルの出口へとたどり着けたのである。
ミツバチの一生はわずか40日ほどだという。その間に彼らが必死で集めた蜂蜜やらプロポリスやらを人間は横取りする。そうした窃盗行為を省みず「元気になった」「病気が治った」などと喜ぶわけだから申し訳ないこと極まりなしである。不老長寿だの美しさを保つ薬だのといってクレオパトラも楊貴妃も蜜を珍重したという。人類とミツバチとの付き合いは1万年ほどにもなるのだそうだ。そんな間柄なのに最近ではさらに申し訳ない事態が生じてしまった。穀物に撒布するネオニコチノイド系の殺虫剤がミツバチの大量殺戮を引き起こしているというのだ。EUでは予防原則に則って今年の12月1日から2年間使用禁止という措置をとった。日本では稲につくカメムシの防除で大量に使われているが、まだ使用禁止にはなっていない。一方で、福岡県の農家ではネオニコ系の薬を使わなくても、石鹸液を撒くだけでカメムシ防除になるという成果を出したりしている。イチゴの花やメロン、トマトの受粉をせっせとやってくれるのもミツバチ。彼らの活躍がなければ実はみのらない。栽培農業でのミツバチの経済効果は2000億円近いものがあるという。ミツバチが全滅したら日本農業の息の根はとまる。今こそ、救いの神であるミツバチたちに礼をつくし、身を守ってあげなければならない時なのではあるまいか。神様、仏様(田中様?)ミツバチ様なのだ。
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記事・写真:中村 梧郎(なかむら ごろう)
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