No.275
Issued: 2019.10.04
IPCC特別報告書を読み解く ―食料供給や生態系保全と調和する気候変動対策とは(国立環境研究所地球環境研究センター・三枝信子)
将来の気候下では、気温の上昇によって干ばつや洪水を引き起こす極端な気象の頻度や強度が高まることが予想されています。このため、世界の食料生産に悪影響が生じたり、森林火災や森林減少により生物多様性が減少したりすることが危惧されています。いっぽう、気候変動対策として大規模な植林やバイオ燃料作物の増産を促進して温室効果ガスの吸収源を拡大した場合、限られた土地や水をめぐって食料生産や生物多様性保全と厳しい競合を起こす可能性があります。以下では、気候変動が農地や自然生態系を含む世界の陸域に与える影響と、陸域を活用した気候変動対策のもつポテンシャル等についてまとめた気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の特別報告書 Climate Change and Land(気候変動と土地)について紹介します。
特別報告書「気候変動と土地」
IPCCは、2019年8月8日(木)、「気候変動と土地:気候変動、砂漠化、土地の劣化、持続可能な土地管理、食料安全保障及び陸域生態系における温室効果ガスフラックスに関するIPCC特別報告書」を公表しました。この報告書では、最初に気候変動の影響が陸域の環境にどれだけ表れているかが報告されました。続いて、気候変動による悪影響を抑えるために、持続可能な土地管理、食料供給、生物多様性保全の視点からどれだけの対策が考えられ、それらの対策の間でどのようなトレードオフ(競合)やコベネフィット(副次的便益)があるかといった内容が議論されました。
陸域の昇温速度は速い
一般に、陸上の気温は海上に比べて上がりやすく下がりやすい性質をもちます。これは、海に比べると陸の熱容量が小さいためです。実際、産業革命前(1850〜1900年)に比べて、近年(2006〜2015年)の世界の気温は平均で0.87℃上昇しましたが(0.75℃〜0.99℃の範囲である可能性が高い)、陸域で平均すると既に1.53℃(1.38〜1.68℃の範囲である可能性が非常に高い)上昇したことが示されました。
陸域は温室効果ガスの排出源でもあり吸収源でもある
2007〜2016年の世界全体の温室効果ガス(ここでは二酸化炭素(CO2)、メタン、一酸化窒素について)の人為起源総排出量の約23%は、陸域における農業、林業、及びその他の土地利用変化に由来すると推計されました。同時に、陸域はCO2の重要な自然吸収源(主に森林)でもあり、2007〜2016年における人為起源CO2総排出量の約29%に相当する量を正味で吸収したと推計されました。つまり、陸域でさまざまな対策を施すことにより、温室効果ガス排出量の一部を減らすことができ、また、吸収源を保全することもできることを意味します。
複数の対策間で副次的便益(コベネフィット)を最大化することが重要
持続可能な土地管理、食料安全保障、生物多様性保全に役立つ対策の多くは、同時に気候変動対策としても便益があります。例えば、適切かつ持続可能な水管理に基づく砂漠化の防止は、生物多様性の損失を防ぐことができ、同時に土壌や植生への炭素蓄積を増やすことから気候変動対策として貢献します。森林減少や森林火災を防ぎ、持続可能な森林管理を行うことも同様です。農耕地で作物の収量を上げたり、アグロフォレストリー【1】を導入するなど持続可能な農耕・牧畜の方法を改良することも、食料価格を安定させると同時に気候変動対策として有効です。
本報告書では、気候変動対策の一つとして食品ロスと食品廃棄【2】の削減を含む食料システムの改善が有効であることも述べています。例えば、2010〜2016年に世界で生産された食料の25〜30%は廃棄され、その量は世界全体の人為起源温室効果ガス総排出量の8〜10%に相当すると推定されました。食品ロスと食品廃棄を削減することは、その食料を生産するために必要となる農地面積の節約につながり、節約した土地を新規植林やバイオ燃料作物の栽培に利用することが可能になるために気候変動対策として貢献します。
将来の気温上昇を1.5℃までに抑えるためのシナリオ
将来の気温上昇を1.5℃までに抑えようとした場合に、将来の農耕地・牧草地・バイオ燃料栽培地・森林・自然の土地の割合がどのように変遷するかについて複数の統合評価モデルによって推計された結果を下図に説明します。持続可能性を重視し、そのための技術開発を行って社会に普及するシナリオ(A)では、土地管理と農業システム(食料生産と消費のパターンを含む)を改良することで、将来、一人当たりの食物消費量が増加してもそれを生産する農耕地や牧草地の面積を減らすことができ、その土地を新規植林やバイオ燃料作物の栽培に回して吸収源を増やす余地を生むとしています。いっぽう、もし対策が遅れた場合は(BおよびC)、バイオ燃料作物の増産とBECCS【3】の拡大に頼らざるを得なくなり、2050年までに土地をめぐる競合は激しさを増すと予想されます。この場合、食料価格が上昇して栄養不足となる人口が増え、食料安全保障が脅かされます。同時に、自然の植生を切り開いてでも燃料用の作物を栽培しなければならなくなるために生態系保全に悪影響を及ぼすリスクが増えると予想されています。
将来の気温上昇を1.5℃程度までに抑えるためには、あらゆる手段を検討して人為的な温室効果ガス排出の削減を早急に進めることが第一に必要です。それに加えて、森林減少の防止と新規植林、BECCSを含む吸収源の拡大がどうしても必要と推測されています。食料安全保障への悪影響を避けるためには、農業生産性の向上や食料システムの無駄を省く努力も最大限実行していく必要があります。
- 【1】アグロフォレストリー
- 農業と林業を組み合わせた農法であり、農地に樹木を植栽してその間の土地で家畜や農作物を育成すること。土壌流出等の土地劣化を防ぎ、特に熱帯・亜熱帯地域で有効であるといわれる。
- 【2】食品ロス
- 売れ残りや食べ残し等、本来は食べることができたはずの食品が廃棄されること、食品廃棄は、食品の製造・加工・流通・消費等の間に発生する廃棄物をいう(野菜くず等)。
- 【3】BECCS(Bioenergy with Carbon Capture and Storage)
- ネガティブエミッション(大気からのCO2削減)を実現する対策のうち、バイオマスエネルギー利用とCO2の回収貯留を組み合わせた技術を指す。
参考資料
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〜著者プロフィール〜
三枝信子
国立環境研究所地球環境研究センター長
東北大学大学院理学研究科博士課程修了(地球物理学専攻)。筑波大学生物科学系助手、産業技術総合研究所主任研究員等を経て、2008年から国立環境研究所に勤務。IPCCでは土地関係特別報告書第6章「砂漠化、土地の劣化、食料安全保障及び温室効果ガスフラックスの間でのインターリンケージ」の代表執筆者を務めた。
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。