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No.127

Issued: 2007.07.19

シリーズ・もっと身近に! 生物多様性 ──2010年に向けて(第1回)『そもそも“生物多様性”って、なに?』

目次
「生物多様性」 ──言葉の定義
生物多様性と、私たちのくらしについて考える
生物多様性から得られる4つのサービス
ヒトによる自然生態系の改変 ──恩恵と脅威
生物多様性条約の誕生の裏側に──

 毎年5月22日は、国連が提唱する「国際生物多様性の日」。1992年の「地球サミット」(開催地はブラジルのリオ・デ・ジャネイロ)で採択された「生物多様性条約」が翌年12月29日に発効したのを記念して制定されました(当初は毎年12月29日)が、その後、00年の国連総会で現在の5月22日に変更されたものです。地球サミットに先立つ92年5月22日に、ケニヤのナイロビで開かれた生物多様性条約交渉会議において条約本文がコンセンサス採択された日に因んでいます。
 
 では、「国際生物多様性年」がいつだか、ご存じでしょうか。国連では、3年後に迫った2010年を「国際生物多様性年」と定めています。実は、2010年は生物多様性条約にとって節目の年。02年にオランダ・ハーグで開催されたCOP6で採択された「2010年目標(2010 target)」の目標年で、同年までに「生物多様性の損失速度を顕著に減少させる」ことが掲げられています。
 2年おきに開催される同条約の締約国会議は、第10回会合(COP10)が2010年に予定されています。この節目の国際会議を日本に招致しようと、日本政府は今年(07年)1月に、開催立候補について閣議了解しています。開催地は愛知県名古屋市。今年の5月22日「国際生物多様性の日」には、環境省、国連大学、愛知県及び名古屋市が共催して、記念行事を開催しています。
 
 本コーナーでは、これから数回にわたって、「生物多様性」をテーマに、その意義や迫る危機、生物多様性条約の歴史などに迫ってみます。
 今回は、そもそも「生物多様性」とは何か。その定義と私たちの生活との関わりについて、解説します。

「生物多様性」 ──言葉の定義

 「生物多様性」という言葉、実は意外に知られていないことがわかっています。2004年(平成16年)に環境省が実施したアンケートでは、自然環境に関心があると回答した人が8割近くに達したのに対して、「生物多様性」という言葉を知っている人は約1割、聞いたことのある人を含めても3割程度という結果でした。
 
 「生物多様性」の概念が含む意味合いも、その字面だけからは伝わりにくいニュアンスを含みます。
 文字通り受け取れば、“多様な生物がいる”状態を表す言葉のよう。でも、その“多様な生物”というのは、どういうことなのでしょうか。
 地球上にはさまざまな種がいます。また同じ種でも、人がそれぞれ個性を持つように、種の中で多様性があります。さらに、地球上のさまざまな気候などの環境条件によって、異なる種同士の構成からなる地域ごとの生態系をつくっています。こうした、種の多様性、遺伝的多様性、種間及び生態系の多様性という3つのレベルに整理して、生物多様性という概念を説明することが多くなっています。
 
 生物多様性条約においては、条約に深く関わる用語の定義として、以下のように紹介されています。

 「生物の多様性」とは、すべての生物(陸上生態系、海洋その他の水界生態系、これらが複合した生態系その他生息又は生育の場のいかんを問わない。)の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含む。
生物多様性条約 第2条(抜粋)

 これら3つのレベルの生物多様性は、互いに密接につながりあって成り立つものです。EICネットの環境用語集では、「生物多様性」の3つのレベルの相互のつながりについて、以下のように解説しています。

 種内の多様性(遺伝子の多様性)は環境適応や種の分化など生物進化のもとであり、低下すれば種の遺伝的劣化が進んで絶滅の危険性が高まる。一方、生態系の多様性は多様な種が棲み分けることでさまざまな自然条件に適応した結果であり、低下すれば環境変化などによる種の絶滅リスクが高まる。種間の多様性はこれら双方の基となり、生物多様性の要といえる。
EICネット環境用語集「生物多様性」(抜粋)

 つまり、「生物多様性」とは、進化の結果として“多様な生物(種レベル、遺伝子レベル、生態系レベル)”が空間的な広がりの中に存在しているというだけにとどまらず、生命の進化や絶滅という時間軸上のダイナミックな変化を包含する概念なのです。
 ですから、今現在の生物の多様性をそのままに(固定的に)維持していくことよりもむしろ、競争や共生など生物同士の自然な相互関係や、自然環境からの影響や適応のプロセスで、自由に変化(進化・絶滅)していくダイナミズムが確保されてこそ、生物多様性の保全につながるといえます。

生物多様性と、私たちのくらしについて考える

 毎年の「国際生物多様性の日」には、世界各地でさまざまなイベントが実施されています。ハンガリーでは、かつて伝統的に栽培されていた在来の穀物を再発掘し、お年寄りたちにその食べ方を聞き出すコンテストを開催しました。スリランカでは、子どもたちが生物多様性に関して調べたことを発表する大々的なイベントを催したり、生物多様性にちなんだ記念切手を発行したりしていいます。
 日本でも、2010年に向けた記念行事が開催されました。名古屋市で開催されたシンポジウムでは、ふだん食事のときに、何気なく使っている「いただきます」という言葉から、生物多様性を考えてみようと提案されました。
 
 こうした試みがきっかけになって、地域の文脈に沿った形で、「生物多様性」という概念が広がっていくことが期待されます。
 もともと「生物多様性」は、身近な生活の中で衣食住に深く関わって息づいていました。日本では古来より、「森羅万象」「万物一体」「八百万(やおよろず)の神」などと自然現象の神秘性や人とのつながりを表現してきました。また文化の面でも、俳句の季語などに代表されるように多種多様な動植物が日本の古典で詠まれてきました。
 こうした感覚を取り戻しつつ、身近な生活とのつながりの中で生物多様性について考えていくことが、市民感覚の中で生物多様性を理解することにつながると言えます。

生物多様性から得られる4つのサービス

【図1】生態系サービスの4つの機能分類
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 「生物多様性」が私たちの暮らしのなかでどのような役割を果たしているのか。生態系を通じた人間社会への恩恵に注目するとわかりやすいかも知れません。
 人間が生きていくためには、生物多様性の存在は欠かせません。国連の呼びかけで2001年に発足した生態系に関する世界的な調査「ミレニアム・エコシステム・アセスメント(Millenium Ecosystem Asseccment)」では、生態系に由来する人類の利益となる機能(生態系サービス)を大きく4つに分類しています。


【図2】生態系からのサービスと生物多様性の関係(「ミレニアム・エコシステム・アセスメント(MA)」をもとに著者が作成)
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 「サポート(Supporting)」は、生態系サービスの土台を築くもので、そもそも人間社会を含む生物種や生息域が存在するための環境を形成し、維持するものです。
 「緩和作用(Regulating)」とは、汚染や気候の変動、害虫の急激な発生などの急激な変化を緩和し、人間社会に対する影響が緩和される効果を指していいます。
 「供給作用(Provisioning)」とは、私たち人間社会が生態系に依存して衣食住を得ていることを指したものです。医薬品や食料加工品などを生み出す際に、微生物などの遺伝子資源を利用してきた歴史もあります。
 「文化的効用(Cultural)」とは、生態系がもたらす、文化や精神の面での生活の豊かさを指します。観光や文学、音楽にとって、地域性やその多様性が大きな役割を果たしています。

 まとめると、エネルギーや物質の循環を支えるという物理的な側面から精神や文化にまで、私たちは生活の隅々に生態系からの恩恵を受けていることがわかります。
 生物多様性が損なわれると、こうした生態系サービスのすべての歯車が狂っていくのです。

ヒトによる自然生態系の改変 ──恩恵と脅威

【図3】MAによる生物の絶滅速度 出典:NACS-J「自然保護」No.497 5・6月号(p25)
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 有史以来、農作業や開拓などによって自然の生態系を人間が変えていくことで、多くの人々が恩恵を受けてきたことは疑いの余地はありません。一方、近代化以降の急激な生物多様性の損失が、生態系とそのサービスに変化をもたらし、人々の生活を脅かしてきています。
 津波の被害を緩和するマングローブ林、台風被害を緩和する森林。自然生態系の破壊は、直接的に自然の脅威を高めています。
 こうした生態系の急激な改変と生物多様性の損失がもっとも深刻な影響を及ぼすのは、世界でもっとも貧しい人々の生活です。生物多様性の保全は、貧困の問題とも大きな関わりを持つのです。


【図4】生きている地球指数:陸域、淡水域、海洋域の生態系における野生生物の個体数動向
国際NGO・世界自然保護基金(WWF)は、野生生物の個体数の変化に関する傾向を把握し、世界の生態系の健全性を示す「生きている地球指数」(リビングプラネット指数)を公表。さまざまな生態系における個体数の減少を示すもので、生物多様性の損失を直接計測したものではありませんが、生物多様性の危機的な状況を表すものとして注目されています。
出典:WWF及びUNEP世界保全モニタリングセンター(UNEP-WCMC))
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 過去、1種類の生物が絶滅するのに100年〜1万年かかっていたのが、今日ではわずか1年しかかからないという試算があります。言い換えると、現在は100年で100種類、1万年で1万種類もの生物が絶滅していくスピードで生物の多様性が失われているのです。しかも、その原因は、大昔にあったような隕石の衝突や氷河期の到来といった自然現象ではなく、生物の一種であるわれわれ人間の活動にあるのです。
 
 過去50年間で人類史上に前例がないほど激しく種が激減した可能性があり、生物多様性への損失を食い止めることが大きな課題となっています。
 その損失の速度は継続するか、むしろ加速するというシナリオが、ミレニアム・エコシステム・アセスメントなどで示されています。
 ミレニアム・エコシステム・アセスメントの指摘によると、1950年からの30年間で農地に転用された土地は、1700年から1850年の150年間に転用された土地よりも大きな面積であり、結果として生物種の10〜15%程の生息地が2050年までに失われる可能性があるとされています。サンゴ礁やマングローブ林の破壊も同様に、多くの生物の生息域が喪失することを意味します。


生物多様性条約の誕生の裏側に──

 地球上の生物の多様性に対して、人間活動が根源的で不可逆な(取り返しのつかない)変化を引き起こしているという認識が生物多様性条約の誕生の背景にあります。この条約は生物多様性の保全、持続可能な利用、遺伝資源の利用から生ずる利益をバランスよく配分することなどを目的とした多国間の取り決めです。
 冒頭でも述べたように、2010年は日本が条約国締約国会議の招致に立候補を表明しています。同時に、国際生物多様性の年という節目にも当たります。
 次回は、条約誕生の歴史、2010年までの展望などについてご紹介します。

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記事:香坂 玲

〜著者プロフィール〜

香坂 玲

東京大学農学部卒業。在ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英国UEAで修士号、ドイツ・フライブルク大学の環境森林学部で博士号取得。
環境と開発のバランス、景観の住民参加型の意思決定をテーマとして研究。
帰国後、国際日本文化研究センター、東京大学、中央大学研究開発機構の共同研究員、ポスト・ドクターと、2006〜08年の国連環境計画生物多様性条約事務局の勤務を経て、現在、名古屋市立大学大学院経済学研究科の准教授。

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