一般財団法人 環境イノベーション情報機構

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No.090

Issued: 2006.02.27

中国発:2006年春、新しい企業環境管理への挑戦(前編)─国務院の決定─

目次
松花江水汚染事件
相次ぐ企業による環境汚染
中国の企業環境管理の変遷
国家環境保護総局による監督強化
企業環境保護監督員制度の試行
環境保全強化に関する国務院決定(2005年12月3日)
企業環境監督員制度の法制度化に向けて

蘭州の黄河沿いの工場、汚水からの白い泡が空中に浮遊しているのが見える(2000年)

 昨年(2005年)末に起きた松花江事件。吉林省吉林市にある石油化学工場の爆発事故の影響で、流域の飲料水源が著しく汚染された。汚染は、下流のロシアにも広がり、国際問題にも発展。
 中国当局は、当初の情報開示や対応の遅れを厳しく非難され、トップの辞任など大事件へと発展した。日本でも大きく報道されたこの汚染事件を契機に、中国における企業の環境管理のあり方が注目を集めている。
 シリーズ・中国環境事情、今回は、中国における企業の環境管理の歴史経緯や現状について取り上げ、また日本の技術協力との関わりについてお伝えする。

松花江水汚染事件

 2005年11月13日、吉林省吉林市で中国石油吉林石油化学公司所有の石油化学工場が爆発事故を起こし、ベンゼン、ニトロベンゼン等の有害物質が付近を流れる第二松花江に流出した。この第二松花江は下流の松花江と合流し、吉林省から北の黒竜江省へと流れ、ロシアとの国境線になっている黒竜江(アムール川)に注ぎ込み、ロシア領内を通過後、オホーツク海(北日本海)へ流入する(地図参照)。

松花江流域図(SEPAホームページより引用)


 この汚染事故により吉林省、黒竜江省市民の飲料水源が汚染されたのみならず、ロシア市民の飲料水源にも影響を与えた。事故と汚染に関する行政当局による情報の開示が遅れたことから、中国国内のみならず国際社会からも大きく非難されることになった。
 12月2日、解振華国家環境保護総局長は責任をとって辞任した。また、事故の発生した吉林市では12月6日、環境・安全担当副市長の王偉が責任追及を苦にして自宅で首吊り自殺した。

相次ぐ企業による環境汚染

化学工場の水路に漏れだした水銀(パチンコ玉のような大きさで銀色に光っているのが水銀粒)

 この事件発生後、全国各地で企業が原因の環境汚染が発覚した。12月19日、広東省の北江で韶関市の複数の精錬工場からのカドミウムの流入汚染が判明。下流で取水制限され、10万人に影響を与えた。また、1月5日、河南省で石油備蓄所からの重油の漏洩事故で黄河の支流が汚染された。1月7日には湖南省の湘江でも付近の工場から流入したカドミウムによる汚染が発覚した。浙江省では、化学工場からの廃水が農地を汚染した。


中国の企業環境管理の変遷

 これまで政府の指導のもとで、企業はどのような環境管理体制をとってきたか、簡単に回顧してみよう。

(1)国営企業による環境管理体制

旧式の化学工場汚水処理施設(1998年)

 中国では80年代の初頭以降、化学工業部、石油工業部、軽工業部、冶金工業部など一部の工業部門で、環境管理条例を制定、国営企業内に環境保全組織を設置し、環境管理体制を構築した。社会主義計画経済の一つの手法だ。
 この条例では企業が取り組むべき措置を規定したほか、企業を監督・指導する環境保全機構として、中央政府の工業部門内に「環境保全司」、さらに各省、市、自治区の地方政府の工業局内に「環境保全処」を設置し、企業の監督・指導体制を整備することを規定した。
 この仕組みにより、全国6万社、20万人の環境保護担当者が工業部門の行政機関による監督・指導のもとで環境管理を進めてきた。

(2)二重の管理・指導体制

 一方、この政府工業部門による監督・指導体制の他に、環境保全部門(国家環境保護総局及び地方政府機関環境保護局)は環境法に基づき、企業の環境保護に対する監督・指導を行うといった二重の監督・指導体制をとっていた。


(3)企業改革、行政組織改革による変貌

 80年代半ば以降、国営企業改革、企業経営形態の改革──即ち、行政と企業の分離など──の各種の改革が次々に進められた。その結果、企業の自主性が強まり、一方で行政による監督・指導力は弱くなった。98年の国家機構改革(部門の整理、権限の整理)では、工業部門で構築してきた環境保全機構の廃止や弱体化が進んだ。これに伴って企業内での自主管理体制も弱体化し、結果として行政の環境保護部門による監督・指導の役割が相対的に大きくなっていった。


国家環境保護総局による監督強化

 98年の国家機構改革により多くの行政部門は統合・縮小されていったが、環境保護部門については強化され、国家環境保護局は1ランク格上げされて国家環境保護総局となり、総局長は大臣級の役職になった。また、全国の企業等に対する環境監督を行う体制が徐々に整備され、専門部署として総局内に環境監察局が置かれた。省、市、県政府にはそれぞれ環境監察総隊、環境監察支隊、環境監察大隊が置かれ、企業等への立入及び汚染賦課金(排汚費)の徴収、環境汚染事故への対応を主たる業務とした。
 2001年には全国に2,900以上の環境監察機構(総隊、支隊、大隊)が置かれ、43,000人以上の人員が配備され、189万回に及ぶ現場での監督検査が行われた。

1998年国家環境保護総局設立

1998年国家環境保護総局設立

左腕に「環境監察」のワッペン、私が環境監察隊員です!

左腕に「環境監察」のワッペン、私が環境監察隊員です!


企業環境保護監督員制度の試行

 2003年5月、国家環境保護総局は日本の公害防止管理者制度を参考にして「企業環境保護監督員制度の試行に関する通知」を出し、全国の5つの試験都市(重慶市、貴陽市、鎮江市、長春市及び通化市)で本格的な制度づくりのための試行を行うことを決定した。

1. 試行通知の概要

企業環境保護監督員制度の現地調査ヒアリング(2004年通化市)

企業環境保護監督員制度の現地調査ヒアリング
(2004年通化市)

(1)試行の目的
 企業環境管理を規範化、試行することにより、環境法規の執行を強化し、企業の自主管理体制の構築、人材の育成を図る。この制度を普及させるための経験を蓄積する。
(2)試行業務の目標
 ア、企業環境保護監督員の研修及び資格制度の構築
 イ、企業環境保護監督員の地位と責任の明確化
 ウ、企業環境保護監督員と環境保護局の連携の強化
 エ、企業環境保護監督員制度の奨励制度の構築


2. 試験企業(試行を実践する企業)の概要及び取り組み

鎮江市の試験企業(セメント工場に掲げられた環境保護監督員制度の組織図)

鎮江市の試験企業(セメント工場に掲げられた環境保護監督員制度の組織図)

 2005年6月現在、上記5都市の28企業で試行制度が実施されている。主な業種は旧国営企業や外資系企業を中心に、エネルギー産業(発電、石炭ガス)、重化学工業(鉄鋼、自動車製造、化学繊維、アルミ製造、セメント、製紙など)などの大企業(従業員数1,000以上)が大半を占めるが、一部ではホテルや大学や病院も試験企業に指定されている。
 これらの試験企業は地方環境保護局の指導のもとで、試行通知の内容を踏まえ、独自に環境管理規定を作成し、(1)環境保全組織の設置、(2)企業環境保護監督員の任命や育成、(3)環境モニタリング体制の構築、(4)環境保護局との連携などについて定め、運用している。

3. 試験都市環境保護局の取り組み

 試験都市の環境保護局では試験企業を選定し、その都市を管轄する省政府の環境保護局と連携して試行通知で定められた内容を基本としてそれぞれ独自の試行制度を構築した。
 その中でも幾つかの先進的な取り組みが見られる。重慶市では試行制度の法制度化(重慶市の条例化)に向けた取り組みを積極的に進めている。また、鎮江市では住民28名を試験企業の外部監査員に任命するなど外部監査制度を導入するとともに、試験企業の環境パフォーマンス等を審査・評価する制度の導入を検討するなど特色ある取り組みを進めている。


4. 業種に注目した試行の拡大

2005年7月電力業界を対象とした研修会を開催

2005年7月電力業界を対象とした研修会を開催

 2005年からは重点産業、特に環境汚染物質の排出量の多い業種を対象とした試行制度の拡大に着手した。大気汚染防止の観点から全国の工業系二酸化硫黄排出量の約半分を占める電力業界、水質汚濁防止の観点から同じく汚染物質排出量の多い製紙業界を対象に試行制度への参画普及・拡大を進めている。


環境保全強化に関する国務院決定(2005年12月3日)

 2005年12月3日、国務院は第十一次五か年計画(2006-2010年)の策定を目前にして、「科学的発展観を実行し環境保全を強化することに関する国務院の決定」を発表し、この中で企業に対する新しい環境管理の制度確立の方針を示した。
 「国務院決定」とは日本の閣議決定に相当するもので、決められた内容は国(政府)全体の方針として非常に重みを持つ。即ち、政府部内での調整を経て決定されたものであるから国家環境保護総局単独の決定に比べて影響力が大きい。国家発展改革委員会等他の部門もこの決定に沿って実行することが求められるのである。
 この決定では非常に多くの内容が定められているが、特に資源節約型社会、環境友好型社会の建設を積極的に進めていくことを目標に、法律体系の完備、厳格な法律執行などの政策とともに、環境管理体制の強化についても重要政策として掲げられている。


企業環境監督員制度の法制度化に向けて

企業環境保護監督員制度研修会の受講者に贈られた証書

企業環境保護監督員制度研修会の受講者に贈られた証書

 この決定の中で環境管理体制の強化に関して、「国家が監察し、地方政府が監視・管理し、機関や企業が責任を負う環境監督管理体制の構築」を基本とし、中央及び地方政府機関の環境監督体制の拡充強化とともに、企業における環境監督員制度及び職業資格管理制度の構築が盛り込まれている。
 国家環境保護総局では今後5年程度の時間をかけて職業資格管理制度(国家試験等による監督員の認定制度)を含む企業環境監督員制度を確立する計画を立てている。
 第十一次五か年計画(2006-2010年)の策定を目前に試行から本格化に向けての第一歩を踏み出したのだ。
(次号後編「日本の協力」に続く)


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(記事・写真:日中友好環境保全センター 小柳秀明、皆川新一)

〜著者プロフィール〜

小柳秀明 財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)北京事務所長
1977年
環境庁(当時)入庁、以来約20年間にわたり環境行政全般に従事
1997年
JICA専門家(シニアアドバイザー)として日中友好環境保全センターに派遣される。
2000年
中国政府から外国人専門家に贈られる最高の賞である国家友誼奨を授与される。
2001年
日本へ帰国、環境省で地下水・地盤環境室長、環境情報室長等歴任
2003年
JICA専門家(環境モデル都市構想推進個別派遣専門家)として再び中国に派遣される。
2004年
JICA日中友好環境保全センタープロジェクトフェーズIIIチーフアドバイザーに異動。
2006年
3月 JICA専門家任期満了に伴い帰国
2006年
4月 財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)北京事務所開設準備室長 7月から現職
2010年
3月 中国環境投資連盟等から2009年環境国際協力貢献人物大賞(International Environmental Cooperation-2009 Person of the Year Award) を受賞。
皆川新一 日中友好環境保全センター 新潟県県民生活・環境部環境対策課所属
1979年
新潟県に採用。水質、大気等の環境保全をはじめ、化学物質対策、廃棄物対策、水道行政、下水道行政、環境放射線監視、理化学検査など幅広い環境行政を担当。
2004年
2004年から2年間、北京市にある日中友好環境保全センターに派遣。
JICAプロジェクトで企業環境保護監督員制度や中国循環経済の推進など政策制度支援領域を担当。

※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。