No.076
Issued: 2005.07.28
「さんせうは小粒なれども辛し」―イギリスの「政策研究所」―
「山椒は小粒でぴりりと辛い」というように、私がインターンシップとして参加している研究所はとても小さい研究所ですが、これまで数々の研究プロジェクトを実施し、イギリス国内だけではなく、ヨーロッパ全体の環境政策に影響を及ぼしています。シンプルな名前で、政策研究所(Policy Studies Institute)といい、ロンドン市内、大英図書館から歩いて15分程度のところに位置しています。今回はこの政策研究所の概要と取り組みについて紹介します。
政策研究所(Policy Studies Institute, PSI)
政策研究所はウエストミンスター大学(the University of Westminster)の独立研究所で、1978年に社会政策研究センターと政治・経済計画研究所が合併してできたものです。独立採算制の研究機関で、主な資金源は個々の研究プロジェクト基金や寄付からきています。組織的には、雇用グループ(The Employment Group)、社会政策グループ(The Social Policy Group)と私がインターンとして配属されている環境グループ(The Environmental Group)の3つの研究グループに分かれます。
雇用グループは主に、労働市場の調査、雇用関係の改善など英国内の雇用状況について研究しています。一方、社会政策グループは英国内の福祉、公共事業などを研究しています(環境グループは後述)。
環境グループ(The Environmental Group)
環境グループは、社会経済の変化がもたらす環境影響を予測、評価し、それを改善するための政策分析を行っています。現在、資源の生産性、技術変化、エネルギー政策、気候変動を含む環境政策、持続可能な発展のシナリオ開発およびQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の基準の開発などに取り組んでいます。
グループメンバーは全部で13人。その内訳は、名誉研究員1人、研究長1人、グループのディレクター1人、上級特別研究員(senior research fellow)が2人、特別研究員(research fellow)が6人、研究役員(research officer)2人です。環境グループのメンバーになるには、研究マネジメント、研究スキル、学術活動、資金調達などの能力が評価されます。また、関係する分野の研究経歴においては、上級特別研究員は5年以上、特別研究員は2年以上、研究役員は1年から2年の経歴が必要です。名誉研究員以外は常勤ですが、出勤時間はかなり自由です。月に1回、グループミーティングが開催され、各自の仕事報告とプロジェクトのプレゼンテーションや議論、また他の機関からのゲストスピーカーを招くこともあります。
持続可能社会に向けての研究
この小さなグループで、たくさんのプロジェクトを成し遂げています。その研究結果や政策提言などは、イギリス国内の環境政策にだけではなく、国際的な環境政策にも大きな影響を及ぼしています。
例えば、環境税の社会的インパクトに関する研究では、「環境税は貧困階層にもっとも打撃(Green taxes 'would hit poor most')」という研究結果が英国内で大きな反響をもたらし、新聞やニュースで大きく取り上げられました。
- BBCニュース:http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/3955285.stm
- 新聞:ガーディエン(Guardian 19 Aug 2004)、メトロ・ロンドン(Metro London 2 Aug 2004)など。
環境税は、自然エネルギーの消費削減と廃棄物の再利用を目的としています。一方で、環境税の実施によって電気代やガス料金の高騰など、貧困層に対して大きな負担を強いることになります。
政策研究所の研究結果では、対策として貧困層の人々に生活スタイルの変化を呼びかけ、既存の印紙税と地方税の一部減免など、各家庭に省エネへの取り組みを奨励することを提案しています。
また、現在進行中の17のプロジェクトのうち、スーパージン(SuperGen)プロジェクトも注目を集めています。スーパージンとは、持続可能な発電と供給(Sustainable Power Generation and Supply)という意味で、英国の持続可能な水素エネルギーコンソーシアム(The UK Sustainable Hydrogen Energy Consortium 、UKSHEC)【1】の主なプロジェクトです。イギリス国内における大学を中心とした最大規模の研究プロジェクトで、その目的は、“水素経済社会”へ移行するための要素、経路を示し、政策提案をすることです。
“水素経済”とは、化石燃料の代りに、燃焼によって水(H2O)以外の一切を排出・廃棄しないゼロエミッションの水素をエネルギー源とするエネルギーインフラストラクチャのことをさしています。この言葉は1970代のエネルギー危機の時に使われはじめ、現在はエネルギー安全保障、大気汚染、気候変動などの問題を解決する鍵として注目を集めています。
プロジェクトの期限は2007年までの4年間で、研究資金は350万ポンド(約7億円)です。政策研究所の役割分担は図2で示すように、プロジェクトの進行管理と水素経済社会のビジョンを開発し、その経路と指針を特定した上で、それに当たる障害の指摘と政策措置の提案です。現在は、目標ごとにシナリオを作り、持続性を評価する「多目標持続評価の段階」(図の3)にあります。このプロジェクトの成果は水素経済政策の原点となるものと見込まれています。
水素は低カーボンエネルギーシステムの実現に重要な役割を担います。しかし、輸送や貯蔵などのインフラストラクチャを整備するのは非常に高額な設備投資を必要とし、水素経済への道はまだ遠いとみなされます。スーパージンプロジェクトは、水素経済への移行という遠い将来を見据えた研究プロジェクトとして大きな期待が寄せられています。
図書館
政策研究所は独自の図書館を設置しています。ウエストミンスター大学の学生も利用でき、博士課程の学生にはパソコンつきの個室が提供されます。資料の取り寄せは管理人が代行してくれ、大英図書館の資料だと、だいたい翌日にはファクスで送られてきます。
会議センター
政策研究所の一階は会議センターで、150人の利用が可能です。これまで、会議、セミナー、トレーニング、ミーティング、記者会見、および展示会に利用されてきました。
2003年に政策研究所と英国王立経済社会研究所(the Economic and Social Research Council、ESRC)【2】が共同開催したエネルギー研究会議(Energy Research Conference)は、ここを会場にしました。会議は2020年までの数年間にわたる脱炭素のエネルギー・システムを構築することを議題とした専門家会議で、政策研究所のメンバーが主導的な役割を果たしました。会議の成果は「エネルギー・システムにおけるステップ変化のためのプロジェクトと方針:社会科学調査のための議題開発」というレポートにまとまっています。
小さな研究所、大きな役割
環境政策の先端に立つイギリスには、それに関連する研究所が大小数百個もあります。王立国際問題研究所(チャタムハウス、The Royal Institute of International Affairs、RIIA, Chatham House)、気候変動研究でよく知られているティンダルセンター(Tyndall Centre)などの公的機関以外にも民間の研究所がたくさんあります。例えば、採掘、製紙業などの環境影響評価を扱う国際環境開発研究所(International Institute for Environment and Development、IIED)、ヨーロッパの環境政策を扱う欧州環境政策研究所(Institute for European Environmental Policy、IEEP)などが有名です。
規模からいうと、政策研究所はこれらの研究所と比べ物になりませんが、研究成果においては決して負けていません。大きな注目を浴びているゆえんです。
いかがです? 山椒は小粒でぴりりと辛いと私が言った意味をお分かりいただけたでしょうか。日本にもこういうユニークな環境政策研究が欲しいと思うのは私だけでしょうか。
- 【1】水素エネルギーコンソーシアム(The UK Sustainable Hydrogen Energy Consortium 、UKSHEC)
- 2003年4月にイギリス政府により設立され、水素の生産、貯蔵、分配及び使用の研究に力を入れています。
- 【2】英国王立経済社会研究所(the Economic and Social Research Council、ESRC)
- ESRCは経済と社会研究に関するイギリスの主な研究機関で、政策研究所の研究パートナーの一つです。
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(記事・写真:霍 亮亮)
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