No.015
Issued: 2013.03.13
日本政策投資銀行・前田正尚常務に聞く、持続可能な社会を創る金融の役割
実施日時:平成25年3月1日(金)16:30〜17:00
ゲスト:前田 正尚(まえだ まさなお)さん
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
- 株式会社日本政策投資銀行常務取締役執行役員
- 1979年日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。政策企画部長、環境・エネルギー部長、常務執行役員関西支店長を経て、2012年6月より現職。サステナビリティの概念をいち早く行内に取り入れ、邦銀初となるUNEP ファイナンシャルイニシアティブの署名、世界初の環境格付融資の開発を進めるなど、評価認証型金融の促進に取り組む。
長期的な投融資と中立性の堅持が、政策銀行としての一貫したDNA
大塚理事長(以下、大塚)― 本日はEICネットのエコチャレンジャーにお出ましいただき、ありがとうございます。前田さんは、日本政策投資銀行(DBJ)で長年に亘り、金融の分野で環境問題の解決に向け活躍されておられます。本日は、金融が環境保全や環境創造に果たす役割、あるいは今後の環境戦略などについてお伺いしたいと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。
早速ですが、DBJの役割や特色について、今日までの歩みを含めてご説明いただけますでしょうか。
前田さん― DBJの歴史は、戦後、日本経済及び産業の発展・活性化を目的として、日本開発銀行と北海道東北開発公庫が創られたことにはじまります。その2つの政策金融機関が統合したのが1999年10月です。その後、2008年10月に株式会社日本政策投資銀行法に基づき株式会社化されました。日本開発銀行と北海道東北開発公庫の時代には、エネルギー、都市開発、運輸・交通などへの融資を中心とし、長期的な資金供給を行っていました。
民営化は小泉政権時代の政策金融改革の一環として決定されました。しかし、民営化とほぼ同時に起こったリーマンショック、その後の東日本大震災に対処するため、法律の改正が行われ、現在も全額政府出資の金融機関となっています。なお、2015年3月末までに政府による株式保有の是非も含めた当行の組織のあり方が見直されることになっています。
当行の特徴として、長期におよぶ投融資と中立性があげられます。また、以前は融資が中心でしたが、現在は、投融資一体型の金融サービスをご提供しています。それから、アドバイザリー業務として、M&A(企業の合併や買収)や自治体の公有資産マネジメントなどのお手伝いもしています。
大塚― 日本開発銀行と北海道東北開発公庫が設立され、その後、統合があり、株式会社化があったわけですが、一貫したポリシーで投融資を行ってこられたわけですね。
前田さん― そうですね。「長期性」と「中立性」は当行のDNAの一部であり、このことが民営化後も広く信頼をいただいている源泉と思っています。
環境格付融資は、企業の環境経営に着目する融資
大塚― 環境の側からみると、DBJの資金の投融資で多くのことが進んでいると理解しています。ところで、DBJは技術開発や社会インフラに広く目配りされておられますが、その中で環境が占める比重はどの程度なのでしょうか。
前田さん― 日本開発銀行時代には、エンド・オブ・パイプ【1】やクリーナー・プロダクション【2】という考え方に基づき、公害防止・予防の融資に取り組んでいました。ピークは1975年頃ですが、年度にしておおよそ1兆円規模の融資額のうち4分の1くらいを占めていました。
環境関連プロジェクトに対しては、これまで40年以上に亘り3兆円以上の投融資を行ってきました。また、プロジェクトに着目するのではなく、企業の環境経営に着目する融資メニューとして「DBJ環境格付融資」がありますが、こちらは現在までに約350件、金額では約6000億円ほどの実績があります。
大塚― 環境格付融資は、DBJが世界に先駆けて実施されたと伺っています。具体的な手法や効果についてご説明いただけますか。
前田さん― 話しが少し戻りますが、1999年に日本開発銀行と北海道東北開発公庫が統合したとき、法律の第1条に「持続的発展(サステイナブルディベロップメント)」という言葉が入れられました。「経済社会の活力の向上及び持続的発展に資する」ための担当部署として、DBJの中に政策企画部が創られ、私はその所属になりました。具体的な取り組みについて議論を重ね、最初に行ったのがUNEP(国連環境計画)のファイナンシャルイニシアティブ【3】への署名でした。2001年1月のことです。
大塚― DBJが展開する事業が広がったということですね。
前田さん― それまでも公害防止・予防、また省エネ対策などの融資をしており、環境への取り組みを積極的に行ってきたため署名したのですが、もっと具体的な行動をとる必要が生じたのです。社会環境委員会・社会環境グループを立ち上げ、ロードマップづくりをはじめました。環境方針を策定し、環境マネジメント構築のためにISO14001を取得し、社会環境報告書を発行しました。2003年10月に、UNEPファイナンシャルイニシアティブの会議が、アジアで初めて東京で開かれました。そのときの東京宣言に、金融機関が環境に配慮する活動を進めることを盛り込み、環境格付融資を2004年4月から開始したのです。
大塚― 実施にあたっては、手探りという面もあったのでしょうか。
前田さん― 法律に持続的発展が明記されてから、環境格付融資の開始までに4年ほどかかりました。この制度自体は、環境省と共同し、3度に亘る予算要求の末成立したのですが、産みの苦しみは大変なものでした。
直接金融の世界には、エコファンド【4】などはありましたが、融資の分野で企業を環境評価する仕組みとしては世界で初めての制度です。
企業活動全体をトータルに評価する項目を120項目くらいつくっている
大塚― DBJが目指すものが実現したということでしょうか。
前田さん― そうですね。いろいろ勉強し、実際に欧州にも行きました。たとえば、日本でも徐々に知られるようになった、ダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・インデックス(DJSI)【5】という指標があります。DJSIで評価されると企業の株価が上がるという話を聞き、融資の世界でも、企業の評価を財務情報だけでなく持続性にも配慮する仕組みを開発し、その結果を市場に伝えれば、企業のレベルアップにつながると考えたのです。
大塚― すばらしい発想ですね。直接的なきっかけはどのようなことだったのでしょうか。
前田さん― 株式投資の世界では、環境に配慮した格付けが、手法は未熟だったとはいえ、すでにはじまっていたのです。その発想を、融資の世界でもつかえないかと考えたのが原点でした。融資という手法は、長期に亘る与信管理というモニタリング機能を伴いますから、直接金融とは異なる役割を担えるのではないかという期待もありました。
大塚― 格付けの仕組みを作ることは大変だったと思います。情報を集めることを含め、DBJの内部では何をなされたのですか。
前田さん― 多くの企業が環境報告書をつくっていましたので、それをまず集め、読み込んで勉強しました。企業や環境に携わる様々な方々を訪ね、ヒアリングも行いました。そして、議論を重ね、企業活動全体をガバナンス、設計から最終製品にいたる生産工程、物流、サプライチェーン、アウトプットの面から、定量的に評価する約120の項目にわたるスクリーニングシートができあがりました。現在は、業種の特性に応じて、製造業のほか、小売業、リース業など10種類以上のスクリーニングシートにより、企業の実態に即した評価ができるよう努めています。
大塚― 2004年にスタートされて、企業側の反応はいかがでしたか。
前田さん― まず、企業の環境部門の担当者が喜んでくれました。一般的に環境対策は多くの企業においていまだにコストファクターと思われています。このため、環境部門のスタッフは重要な役割を担いながら、積極的に評価される機会がきわめて少ないわけです。それが、金融がそこに着目することで、環境に良い取り組みをすると評価が上がり、優遇金利で調達できるようになるので、環境部門の貢献が高く評価されたというのが最初の反応でしたね。
そのうちに、DBJの評価結果が市場に伝わり企業が評価されるので、経営者が、この仕組みを投資家に対する広報活動として捉え、担当者を表彰するなど応援するようになってきました。私どもの評価を社内の環境をはじめとするいろいろな改善につかっておられる企業も多いようです。このため、近時は評価し、融資して終わりという案件は少なく、評価結果を経営層にフィードバックするよう要請をいただくことが多いです。
企業の環境格付融資とプロジェクトに着目した融資の2つのタイプ
大塚― 環境に対する企業の取り組みについて、本質的な点に光をあてておられると思います。似た意味合いをもつのかもしれませんが、DBJ Green Building認証制度はどのような内容なのでしょうか。
前田さん― この認証制度はオフィスビルや物流施設を対象にしたもので、2011年4月からはじめています。環境格付融資は企業の環境経営度を評価するのに対し、これは環境・社会への配慮を併せ持つ不動産(グリーンビル)を評価し市場に伝えるものです。不動産においては、これまで、社会インフラとして環境・社会への配慮が求められる一方、それらの取り組みが十分に評価されていなかったことがあります。このような背景を踏まえ、中長期的には不動産が持つ環境・社会的側面が不動産価値に反映され、グリーンビルの普及・促進に貢献することが狙いです。
この認証制度は、「エコロジー」「アメニティ」「リスクマネジメント」「コミュニティ」「パートナーシップ」の5つの視点で評価します。このように、不動産を総合的に評価し、十分な環境・社会への配慮がなされた不動産を「Certified」と認証し、その中からより優れたものに「Platinum」「Gold」「Silver」「Bronze」を付与し、合計5段階で評価します。
大塚― 東京の日比谷公園に隣接し、イイノホールをもつ飯野ビルディング(東京都千代田区)が「Platinum」だったのですね。
前田さん― 本件は、企業の環境格付評価も同時取得した、全国初の事例です。
大塚― 環境格付融資も含めて、具体例をもう少しあげていただけますか。
前田さん― 先ほどから申し上げている企業の環境格付融資と、プロジェクトに着目した融資の2つのタイプがあります。環境格付融資の例として、トレーのリサイクルをしているエフピコという会社(広島県福山市)の場合、DBJが環境評価して融資するだけでなくて、エフピコの工場のある地域の地方銀行と組んで融資も行っています。シンジケートローンという仕組みで、14の銀行と組成しました。私が、このシンジケートローンの商品名を、「エコノワ(=ecoの環)」と名づけさせていただきました。また、住宅建材のトップ企業であるLIXILグループに対しては、リフォーム廃材の再資源化やメガソーラーなどの再生可能エネルギー導入などを高く評価し、融資しました。
プロジェクト融資では、三井化学が愛知県ではじめたメガソーラーの建設プロジェクトに、シンジケートローンを組み地方銀行と一緒に取り組んでいます。
大塚― 先ほどお話しがありました、UNEPファイナンシャルイニシアティブには、国内のほかの銀行はどのように取り組んでいるのでしょうか。
前田さん― 当初は、損保会社やアセットマネジメントの会社は何社か入っていたと思いますが、銀行としてはDBJがはじめてでした。現在、日本では17の銀行が、世界では約180の銀行が参画しています。先ほど申し上げた、2003年の東京会議に、世界から数百人の方々が集まり、それを契機に署名する日本の金融機関が増えました。このことが、環境格付融資を発展させる機運を高めたのです。現在では、UNEPファイナンシャルイニシアティブなどの取り組みの進展を受けて持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則を定めた「21世紀金融行動原則」に、日本で180を超える金融機関が署名しています。
企業の価値を評価して、世の中に正しく伝えていくことで、持続可能な社会を創っていくことに寄与していく
大塚― 国内では、DBJの活動のおかげでさまざまな変化が生じていると思いますが、金融と環境との関係は国際的にはどのような状況なのでしょうか。
前田さん― 温室効果ガスの排出権取引や、最近では生態系サービスにかかわるTEEB【6】などにみられるように、環境価値の取引に金融機能が活用されるケースが増えてきた印象ですが、金融が深くかかわるのはこれからだと思います。現状は、まだ手触り感を持っているプレーヤーは限定的でしょう。例えば、赤道原則【7】と呼ばれる、金融業界が独自に設定した行動原則がありますが、これは、開発にともなう環境負荷を回避・軽減するために、プロジェクトファイナンスに携わる金融機関が対象となります。また、投資家が連携し、企業に気候変動への戦略や温室効果ガスの排出量の公表を求める、カーボン・ディスクロージャー・プロジェクトの動きもありますが、これも基本的には機関投資家が中心的な役割を担うものと言えます。今後は、小規模な地域金融も含めて、より広範な金融機関が環境との関わりを意識するようになってくると思います。これは環境というより、CSRの話題ですが、統合レポートと呼ばれる財務情報と非財務情報を有機的に統合したレポーティングを企業に求める動きへの関心が高まっています。企業の情報開示が変化すれば、これに基づきリスク・リターンを計測する金融全体に影響が及ぶのは必至です。
大塚― 金融が環境保全に果たす役割の大きいことが、広く認識されるようになってきたと思います。少し先の将来を見据えたさらなる展開に関し、前田さんはどのようなイメージをおもちでしょうか。
前田さん― 繰り返しになりますが、環境格付により財務情報だけでなく環境面など非財務的な価値も評価して、その結果を金融市場に伝えることにより、より総合的な企業評価がなされ、持続的発展と持続可能な社会の実現に貢献すると思います。
その一環として、2011年から「事業継続マネジメント(BCM)」と呼ばれる、一種のリスクマネジメントへの取り組みを評価して融資するBCM格付融資をはじめました。もともとは2006年に開始した防災格付融資を全面改定したものです。評価対象となるのは、様々なリスクに対する企業の事業継続力です。評価結果を左右するのは、企業の事業継続計画(BCP)の内容とマネジメントの水準です。東日本大震災以降、求められるBCMの水準も高くなってきており、それにあわせて企業の取り組みも進んでいます。この変化を金融市場に伝えるためのツールになればと考えています。さらに、昨年から企業の健康経営、言い換えると、企業が従業員の健康管理に取り組むと生産性も上がり、企業活動全体が向上する点に着目した融資メニュー「健康経営格付融資」にも着手しています。
このように、財務情報以外の環境、BCM、健康などの非財務情報も含めて、最終的にはトータルに企業の知的資産というか、無形資産まで含めて評価するのがゴールであろうと思っています。格付融資を通じ企業価値を正しく評価することができれば、企業にとっても、新たな企業価値向上の取り組みを志向する契機となりうるかもしれません。その意味で我々は、評価型認証融資が金融のイノベーションとなり、金融市場の関係者が今以上に広い視点から企業価値を捉えていく際の問題提起になればと考えています。
大塚― 最後になりますが、EICネットは企業関係者をはじめ多くの方々にご覧いただいていますので、今までのお話しと重複することもあろうかと思いますが、前田さんからのメッセージをお願いいたします。
前田さん― 私どもが、自分たちで企業の報告書を勉強して、当行のサステナブルレポートをつくったとき、ステークホルダー(利害関係者)という概念を勉強しました。企業のステークホルダーは、株主だけでなく広く従業員も地域社会の人びとも含むのだろうと思います。金融機関も、企業からみればステークホルダーの1つなのです。
ステークホルダーは、横の関係というか、対等な関係をもつと考えています。ですから、我々は企業を上から評価するのではなく、環境格付をするときも、企業と同じ目線に立ってヒアリングし、工場をみせていただき、互いに納得した上で評価しています。対等なレベルで企業価値を評価させていただき、その結果を世の中に正しく伝えていくのです。それが、日本はもちろん、世界においても持続可能な社会の創造につながっていけたらと思っています。
大塚― 前田さんのお話を伺い、環境を含むトータルな視点に立ち、新しい企業像に向けた努力はすばらしいと感じました。環境に対して金融がもつ役割と意義についても、改めてよく理解いたしました。本日はどうもありがとうございました。
注釈
- 【1】エンド・オブ・パイプ(End of Pipe)
- 環境汚染物質の排出時における適正な処理。
- 【2】クリーナー・プロダクション(Cleaner Production)
- 原料の採取から製品の作成や廃棄および再利用に至るすべての工程で環境負荷を軽減するための、個々の対策技術やシステム管理手法を包含した対応策。
- 【3】UNEPファイナンシャルイニシアティブ(UNEP Financial Initiative)
- 環境および持続可能性に配慮した望ましい金融機関の業務のあり方を模索し、普及・促進することを目的に、UNEPにより1992年に設立された。世界の200社以上の金融関係機関が署名している。
- 【4】エコファンド
- 環境対策に積極的に取り組み、または自らエコビジネスを展開する企業を対象として、従来の投資基準だけでなくこれらの取り組みも考慮して株を買う投資信託。
- 【5】ダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・インデックス(Dow Jones Sustainability Index)
- 米国のダウ・ジョーンズ社とスイスのSRI 格付評価会社であるSAM社が共同で開発した株式指標で、グローバルな持続可能性のベンチマークとして最もよく利用されている。
- 【6】TEEB(The Economics of Ecosystems and Biodiversity for Business)
- 生態系サービスの経済的価値などにかかわる研究成果を取りまとめる「生態系と生物多様性の経済学」プロジェクトで、報告書が2008年の第8回生物多様性締約国会議(COP8)から公表されている。
- 【7】赤道原則(Equator Principles)
- 開発などにともなう環境負荷を回避・軽減するため、プロジェクトファイナンスにおいて環境社会影響のリスクを評価し管理する、金融業界が独自に設定した行動原則。
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